2009.05.17

童門冬二著「勝海舟の人生訓」PHP文庫

Kaishu20年前に買って読んで、それ以来ときどき書架から引っ張り出して再読している。
仕事でウダウダ悩んだり、迷ったりしているときに読むと、頭がサッパリとする。
童門冬二の本はいずれも読み易くて好きだ。史実に忠実とは言えない部分もあり、認識にも偏りがあるのかもしれないが、それを理解した上で読めば、エピソードの奥にある本質を掴み取る事が出来る。
特にこの本の材料となっている、勝海舟の生き方には共感するところが多い。ついつい自分に重ね合わせてしまう。人との交流のスタイルや、窮地に追い込まれた時の行動など、大いに参考になる。
勿論海舟は聖人君子ではない。むしろ狡賢いマキャベリストだろう。長生きはしたが、多くの敵に囲まれて、幸せな人生だったとは言えないかもしれない。それでも龍馬や西郷を魅了し、海舟の示した道筋通り、日本は最小限のダメージで、史上最大の危機を脱し、大変革を遂げたのだ。もし海舟がいなければ、幕府と薩長は泥沼の内戦に突き進み、欧米の介入を受け、日本は植民地化されていたかもしれない。

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2008.03.11

福田和也著「地ひらく 石原莞爾と昭和の夢」

4部構成、全65章の大著である。石原莞爾の評伝なのであるが、石原の登場率が低く、時代背景への言及が多い。そのためか読了後、石原莞爾とは結局何者だったのか良く分からない。
貧しい家庭に生まれながら、陸軍幼年学校から、士官学校、陸軍大学、ドイツ留学とエリート・コースを歩んだ天才。根は悪い奴ではないのだが、頭が良すぎて周りを馬鹿にしたところがあり、世の中に馴染めず孤立していた。戦略家であるくせに、理想主義者であり、横暴であるのに、心やさしい面もあった。
そんな石原莞爾が主犯となった満州事変についても、この本では核心に迫っていない。それどころか、まるで石原莞爾が脇役であるかのごとく淡々と書かれている。
満州の地に理想郷を夢見た石原莞爾が、なぜ満州事変という謀略を行ったのかに迫っていないのだ。石原ほどの見通しの利く男が、理想のためならば手段を選ばないなどという、幼稚な理由で画策したとはどうしても思えない。その結果生まれた満州国は、石原の夢見た理想とはほど遠い、インチキ国家になってしまったし、日本社会に謀略すら正当化されるような思想風土を植えつけてしまった。
確かに石原が考えた理想国家は素晴らしい。日本をはじめとするアジア諸国が、欧米列強と肩を並べるための方策としては、歴史的偉業かもしれない。今でこそ日本人が人種差別の的になることは少ないが、20世紀初頭には黄禍論が依然根強く、欧米首脳でさえ日本人を劣等人種だと思っていた。そのような世界の雰囲気を十二分に理解していた石原にとって、理想への邁進だけが唯一の救いの道だったのかもしれない。
著者福田和也は石原贔屓で、石原の功罪をバランスよく書いているとは言えない。その代わり、石原の登場しない時代背景を書いた章は、なかなか素晴らしい。
ルーデンドルフを中心に捉えた第1次世界大戦への言及については、興味深いものであるし、日中戦争中の蒋介石の立場も分かりやすく書かれていた。昭和12年7月の盧溝橋事件から12月の南京攻略までに、何度も講和のチャンスを逃したくだりでは、歴史のifを考えずにはいられなかった。この盧溝橋事件当時、石原は参謀本部第1部長として不拡大の方針を持っていたが、その力は及ばず、泥沼の戦争に突き進んでいく結果となった。因果応報である。
石原莞爾の夢は、満州を完全な多民族独立国家にすることだった。日本の支配を排除するためには、日本とも戦争するつもりだったのだろう。その独立戦争の中で、戦死するのが夢だったのではなかろうか。

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2008.01.21

西木正明著「梟の朝 山本五十六と欧州諜報作戦」文春文庫

ノンフィクションだと思って読み始めたら、一人称で語る主人公が著者ではなく、実在しない固有名詞も現れ出したので、何だフィクションかと気軽に読み進めた。ところがあまりの謎解きの面白さに、読むことを中断できなくなり、結局朝に読み始め、晩に読み終えてしまった。こんな読書は久しぶりだ。
ネタバレになるので内容は詳しく書けないが、第2次大戦中の日本の諜報活動を、フリーライターの主人公が謎解きの旅をするのである。とにかく序章を読んだだけで、これは凄いと思った。
そして読み終わって、少し調べてみたら、ことごとく実在したのだ。キーとなる登場人物も、謎の諜報機関も。フィクションなのか、ノンフィクションなのか、分からなくなった。
フォーサイスのオデッサ・ファイルに匹敵する傑作だ。

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2007.11.11

"Sea of Thunder" by Evan Thomas

Seaofthunder太平洋戦争の海戦記。
アメリカ側をハルゼー、日本側を栗田健男の両提督を軸に、レイテ沖海戦が詳しく書かれている。日米双方とも、いくつものミスを犯した凡戦であったことが分かる。と同時に、過酷な戦場で正しい判断を下すことの難しさも充分理解できた。
両軍にとって後味の悪いこの海戦から学ぶことは多い。結果的には日本艦隊の大敗ではあったが、ハルゼーにしてみれば日本艦隊を壊滅できず取り逃がしたことになった。
ハルゼーは戦後、原爆投下を無慈悲で戦争終結に不必要であったと言っている。日本人を嫌っていたハルゼーのこの発言の裏には、もしレイテ沖で日本艦隊を壊滅できていればという気持ちが残っていたのではないだろうか。
もしレイテ沖で日本艦隊を壊滅できていれば、米艦艇は一気に日本本土に近付くことができた。それこそ相模湾から艦砲射撃で東京や横浜の軍施設を狙えた。これが出来ていれば、B29による無差別爆撃の必要もなく、東京大空襲も原爆投下もなかったかもしれない。
その代わり日本が徹底抗戦していたら、九十九里か湘南が第2のノルマンディーなっていたかもしれない。

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2007.11.01

Band of Brothers

Band_of_brothersずっと買い置き状態だったDVDボックスを観終えた。全10話の連続ドラマで、各話1時間前後。毎晩2話ずつ観て、昨夜全話観終えた。
第2次大戦の欧州戦線でのアメリカ空挺部隊の話。本国での訓練に始まり、ノルマンディー作戦マーケット・ガーデン作戦バルジ応戦、そして終戦までが丁寧に描かれている。
製作総指揮をスピルバーグとトム・ハンクスがしており、映画「プライベート・ライアン」と同じ雰囲気に仕上がっている。そのため同作からスピンオフした続編を観るように、西部戦線全体を把握できる。
単なる武勇伝ではなく、米兵による略奪や捕虜の射殺シーンなどもあり、戦争を美化していない。また戦闘シーンは、プライベート・ライアン以上にリアルでグロテスク。まさしく地獄絵図である。
但し最終話ではアルプスの美しい風景の中で終戦を迎え、野球に興じる兵隊の笑顔がまぶしい。

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2007.10.02

NHKスペシャル「映像の世紀」

Eizo最近連夜このTV番組をDVDで観ている。
1995年からの初回放送時にも観たし、何度かの再放送でも観た。その上数年前DVDボックスでも購入し、こうして繰り返し観ている。
まず、加古隆のテーマ音楽が非常に素晴らしい。番組冒頭でこの曲が流れると、目を閉じていても、20世紀の悲劇が万華鏡のように迫ってくる。
実際の歴史的映像で歴史振り返るという、この当たり前のコンセプトが素晴らしい。テレビという映像装置の最も根源的な機能を活用している。作り物の映像ではなく、本物で視聴者に伝えようとする姿勢が良い。
もちろんTV番組であるから、20世紀の歴史をこれだけで学ぼうとするには不充分だが、入門編としては最適である。ここから興味や関心のある事件や人物に取り組めば、充分勉強になる。
つまり自分自身何度もこの番組を観ることで、そのたび入門者に立ち返り、虚心坦懐で歴史と向き合えるのだ。

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2007.08.01

同学年の二人

調べごとをしていたら、二人の人物が同学年であることを発見したので、メモ代わりに少し整理して書き並べてみる。

1884年(明治17年)4月4日、新潟県長岡市で生まれた高野君と、その翌年1885年2月24日にアメリカ・テキサス州にドイツ系移民3世として生まれたチェット君は、日本の学校制度に当てはめれば同学年ということになる。
高野君は旧制長岡中学校から海軍兵学校に進み、日露戦争では海軍少尉候補生として日本海海戦に参戦している。一方チェット君もまたアメリカ海軍兵学校を卒業し、少尉候補生としてアジア艦隊旗艦の戦艦オハイオに搭乗し、横浜停泊中に招待された日本海海戦の戦勝祝賀会に出席している。このとき東郷平八郎と同席し大変な感銘を受けることになる。
高野はその後、山本家を相続し山本姓となり、駐米武官としてハーバード大学に留学したり、海軍航空隊を指揮したりと、アメリカ通の飛行機屋として将官の道を進む。チェットもまた、潜水艦隊勤務を経て大佐に昇進後、敬慕した東郷平八郎の国葬出席のため、二度目の訪日も果たしている。チェットの場合も日本通の潜水艦屋であったといえよう。
その後もこの二人が実際に対面した記録はないが、日米それぞれの海軍を指揮して太平洋で戦うことになるのである。
この二人、帝国海軍連合艦隊司令長官山本五十六と、合衆国海軍太平洋艦隊司令長官チェスター・W・ニミッツが同学年であることには、あまり着目されていないように思う。しかしこの二人には何か共通するものを感じる。
山本が戦前、対米戦争に勝算はないとして反対したのは有名だ。ニミッツも皇居への攻撃を厳禁し、戦略的に不必要な原爆投下に反対した。山本は1943年4月の戦死後、海軍元帥に叙せられ、ニミッツもまた大戦末期の1944年12月に海軍元帥に昇進した。
陽気で冗談好きの山本と、謙虚で思いやりのあるニミッツが、多くの人命を費やして戦ったことを、後世の我々はどう受け止めればよいのだろうか。歴史の悲劇として片付けるには簡単すぎる。

以上書いてみたところ、今まで馴染みの薄かったニミッツ提督に俄然興味が湧いてきた。早速関連書籍を数冊取り寄せて読んでみようと思っている。

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