2013.03.10

里見弴著「恋ごころ」と「やぶれ太鼓」

里見弴を読む。
サトミトンと聞いても、今の若い世代は???ではないだろうか。かく言う自分も、有島武郎の弟だとは知ってはいたが、まともに読んだ記憶はなく、今回講談社文芸文庫による短編集を読んで、その巧さに感心したものだ。
この文庫本には五編の短編が収録されているのだが、そのうちの「恋ごころ」と「やぶれ太鼓」の二編が特に素晴らしかった。
「恋ごころ」は、まるで森鷗外泉鏡花のような隙間のない文章で始まる。この書き方によって、主人公の両親の馴れ初めを物語る部分では、明治初頭の香りが味わえる。そして主人公の少年が夏休みに過ごした盛岡での淡いひと時に物語が移ると、文章は急に読み易くなり、水彩画のように彩りが増す。そして物語は時間を飛び越え、主人公の少年は老境の小説家となり、訪れた盛岡でラジオのインタビューに思い出話を語り出す。文章も現代的になり、読むのに全く違和感がなくなる。そして主人公の老大家の前に一人の女性が現れる。その展開も陳腐なものではなく、淡くしかし鮮やかに心に残るエンディングとなる。
読み終えて思わず「巧い」と唸ってしまた。久しぶりに気持ち良く読み終えた小説だった。
もう一編の「やぶれ太鼓」は、ある幇間(太鼓持ち)の生涯。こちらは技巧を削り取り、淡々と物語を進めている。一人の名もない男の華も実もない生涯に、脚色のない現実的な悲哀が描かれ、刹那さを後味に残す佳作だ。

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2012.11.27

森達也著「東京番外地」

Tokyobangaichi
森達也の感性には共感が持てる。
彼が編集者と共に、東京の「普通の人が何となく忌避してしまうところ」を訪れる雑誌の連載企画を書籍化したもの。拘置所やイスラム寺院、墓地、屠殺場、歌舞伎町や山谷などから、皇居や東京タワーまで、選択地が何となく共感出来る。
そこに何か新しい発見がある訳ではないのだが、その場所に行くと何かを感じ、何かを考える。結論はないのだが、その感じたことや考えたことを文章として読むと、強く共感するのだ。
世の中とか人生とかは、釈然とせず、白黒で割り切れるものでもないということを確認できる(自分にとっては)良著。

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2012.11.26

iPad miniで読書

このブログでは、何度か電子書籍のことを書いてきました。それらを書いた5,6年前にはスマートフォンも、タブレット端末も普及しておらず、もっぱらパソコンのモニタで青空文庫を読んでいました。まさに電子書籍黎明期と言えたかもしれません。
近年スマートフォンやタブレット端末、また電子書籍専用リーダーなど、本を手に持って読むという動作に近いハードウェア環境が整い、出版業界もコンテンツの提供を始め、遂に重い腰を上げたようです。

先日iPad miniを購入しました。いろいろと電子書籍環境を試しましたが、今のところ次の二つの方法が最も魅力的な読書環境でしたので紹介します。

一つ目は、amazonのKindleアプリをインストールして、amazonから書籍を購入して読む方法。
Kindleは専用リーダーとしても廉価で販売していますが、AndroidやiOS用のアプリも用意されており、汎用のタブレットを持っていれば、すぐに読書環境が準備出来ます。
amazonでは新刊のKindle版を発売しており、紙の本よりも10%程度割引しています。もちろんこれはまだまだ高いと思いますが、例えば吉川英治の三国志全巻が電子書籍で持ち歩けるのは魅力です。また購入した書籍はamazonのクラウドに保管出来るので、自分で蔵書管理する必要がなく、読み終えたら気兼ねなく削除できます。

二つ目は、MAGASTOREで雑誌を購入して読む方法。
iOSには純正アプリでNewsstandという雑誌購読の環境も用意されているのですが、品揃えが少ないのと、定期購読が基本で、単号での購入が出来ないという欠点があります。雑誌は面白そうな特集記事の号だけ欲しいので、品揃えも豊富なMAGASTOREを利用しています。
価格は紙の雑誌より僅かに安い程度ですが、雑誌もついつい溜まってしまうので電子化は助かります。
MAGASTOREも購入した雑誌の記録がサーバーに残るので、いつでもまた読めます。
Magastore

以上のように、やっと電子書籍も黎明期から揺籃期に移行して来たように思います。
これからはもっと価格を低廉にして、大著を巻割りせずに一冊(?)で販売して欲しいですね。三国志を8巻に分売する必要ないと思います。

また追記として、iPadもminiになってやっと持ち歩くサイズになりました。AndroidタブレットもNexus 7などの7インチが、電子書籍の読書には適しているようです。

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2012.11.23

猪瀬直樹著「昭和16年夏の敗戦」

書きたいことが二つある。

まず一つは、以前にも書いたのだが、猪瀬直樹には文筆業に専念して欲しいということだ。
この「昭和16年夏の敗戦」は「ミカドの肖像」に並ぶ名作だ。題材と切り口が素晴らしい。これほどのノンフィクション・ドキュメンタリーを書ける現役作家はそうそういない。こういう作品を通じて多くの人々に影響を与えることができるのだから、都政など他の者に任すべきだ。都民の一人としてあえて言っておきたい。

書きたいことの二つ目は、この本の内容についての本論。
この本の中心となる総力戦研究所はそれほど秘密に満ちた組織ではなかった。発足時の昭和15年10月にはそのことが新聞報道されたし、戦後の極東軍事裁判法廷でも証人喚問が行われた。
この総力戦研究所は非常に画期的な組織で、ベスト・アンド・ブライトネスと呼ぶに相応しい若手エリートたちを政府と軍と民間から招集し、天皇勅命による内閣直属の機関として設立された。総力戦研究所のクライマックスは、研究所員による模擬内閣が日米戦をシミュレーションし、日本敗戦の結論にたどり着くくだりだ。
日米戦のポイントは石油の確保だった。アリメカに石油を禁輸され、石油確保のためにインドネシアの油田を占領するが、アメリアの潜水艦にシーレーンを断たれ敗戦。このシミュレーションの結果の通りに歴史が動く。
もし中国からの撤兵をシミュレーションしていたら、どのような結果になったのだろう。満州や台湾の権益を維持して日米開戦を避けられたのだろうか。
また昭和16年10月18日の東條内閣成立の内幕と、同年12月8日の開戦までの東條の苦悩の立場について、この本は非常に分かり易く書いている。天皇は開戦を避けるために東條をあえて首相に据え、陸軍統帥部を押さえ込むことを期待した。しかし天皇に完全服従の東條さえも、開戦に動き出した歴史の歯車を止めることできなかった。
戦前の日本の構造は全くもってシニカルだ。天皇の直轄である統帥部が暴走し中国に戦線を拡大し泥沼化。それを負け博打で終わらせたくないがために日米開戦という博打を打つ。天皇は憲法を尊重したがゆえに、その無謀を止めることができなかった。憲法が統帥権という怪物を産み出し、その飼い主であるはずの天皇は何も出来ないという構図だ。
猪瀬はこの構造について、明治時代には元勲たちのコントロールによって正常に機能していたというようなことを書いている。なるほど。
仕組みとそれに携わる人の要素は不可分だということだ。身近なところでも、このことは教訓になる。

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2012.10.16

須賀敦子著「コルシア書店の仲間たち」

軽いエッセイだろうと読み始めて、その誤りに気付いたのは、ページを半分近く捲り終えた頃だった。
エッセイにしては内容が濃過ぎて、読み進めるのが少し苦になった頃、これは短編小説だと判った。そう思ってしまえば不思議と気楽に読めるようになり、著者と書店をめぐる入り組んだ人間ドラマも、色鮮やかなタペストリーのように見渡せるようになった。
舞台は1960年代のミラノ。その地にはまだ日本人が珍しく、人々は戦争の傷痕を胸の奥に残していた。古き良き上流階級の残照と、共同体を夢見たインテリたちの理想が混在した時代。500ccの小さなフィアットが、石畳の路地を抜け出し、紺碧の地中海を見下ろす丘を駆け昇った時代でもあった。

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2012.10.14

丸谷才一の「横しぐれ」と「樹影譚」

丸谷才一の小説は面白い。読み始めると止まらなくなる。それは謎解きの要素がふんだんに織り込まれ、次の展開はどなるのだろう?という気になってしまうからだ。
丸谷作品は概ね読んでいる。その中でお薦めなのが二編の短編小説(と言っても少し長いので中編小説とも言える)、「横しぐれ」と「樹影譚」。どちらも甲乙点け難く、自分にとっての二大傑作だ。
「横しぐれ」は、主人公の父親が旅先で出逢った貧乏坊主は、種田山頭火だったのではないかという謎解きを進めていくうちに、父親の謎が解けていくという話。
「樹影譚」は、樹木の影に不思議な気分を抱く主人公が、なぜそんな気分になるのかという自らの謎を解こうとする話。
いずれの作品も、普段ぼんやりと抱いている不思議な気分を深く掘り下げていくと、自分の中に潜む思わぬ謎が解けるというプロットが共通しており、それを読んだ自分はこの二作品に強く惹き寄せられた。悩んだり迷ったりする答えは、自分の中にあるのではないかと思わずにはいられなくなる。

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2012.09.04

佐野眞一著「巨怪伝」

Kyokaiden
正力松太郎の評伝である。大作で読了に1ヶ月を要した。
読売新聞、日本テレビ、巨人軍、プロレス、原子力発電などなど、正力が係ったものには支配欲とカネが渦巻いていた。警察官僚時代の治安維持で会得した大衆心理操作術を駆使し、戦後の大衆社会を作った男と呼んでも過言ではない。正力に比べれば、ナベツネすら小市民に思える。
正力の先見性と企画力、実行力には舌を巻くし、不屈の精神には敬服する。また蓄財や豪奢な暮らしには無関心な点には好感が持てる。しかし余りにも傲慢で独善的であったため、本人が夢見た政界の頂上に立つような人徳はなかった。
本著にはいくつものサブ・ストーリーが織り込まれており、正力の陰で消えていった男達の哀歌が切なく胸に残る。沢村栄治の末路だけでも一つの物語として読む価値がある。

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2012.08.02

水無田気流著「無頼化する女たち」

Buraika
水無田気流(みなした・きりう)は田中理恵子と同一人物で、田中名義の著書は真面目な社会学なのだが、水無田名義のこの本は、鋭い洞察と切れ味の良い文章の中に、要所要所で笑える非常に面白い本だった。
内容は社会学的な女性論の総観で、時代を彩った論客とその著書を紹介し分析している。
酒井順子の「負け犬の遠吠え」、辛酸なめ子の「女子の国はいつも内戦」、中村うさぎの「ショッピングの女王」シリーズ、勝間和代の一連の著作、香山リカのそれに対するアンチ・テーゼ、そして上野千鶴子の「おひとりさまの老後」と百花繚乱だ。
それぞれを批判することなく、共感出来るエッセンスを上手にコラージュしている。女性は勿論、男性も一読の価値あり。

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2012.07.16

森沢明夫著「海を抱いたビー玉」

Umiwo
大人のために夏休みの課題図書を推薦するならば、この本。
作品の構成がなかなか良い。複数の時間軸と登場人物が、ボンネットバスを軸に交差する。
昭和四十八年の瀬戸内海大三島に始まり、2004年10月23日の新潟県山古志村、2002年11月7日の広島県「福山自動車時計博物館」と時空のパノラマが展開される。
その中で誰もが経験した少年時代の夏休みが描かれている。
古いものを単なるアンティークとか、ノスタルジーとかではなく、身近な愛玩品とすることで、それらのものと心が通じ合い人生が豊かになる。単なるファンタジーではなく、地道なレストア作業の描写にはクルマ好きの心が揺さぶられる。
いつもの悪くせで、映画化できないかと考えながら読んでいたが、この小説はこのままが良い。

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2012.06.28

白洲正子著「白洲次郎のこと」

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これは1986年2月号の「新潮45」に掲載された随筆で、今は平凡ライブラリーの白洲正子著「韋駄天夫人」に収録されている。
昨今やたらと白洲次郎の人気が高く、多くの著作が書店を飾っているが、この短い随筆こそ白洲次郎の本質を掴んでいるように思える。妻である正子が書いているのだから当然とも言えるが、吉田茂の側近として働いた姿を正子は書いていない。次郎は家ではそれらを語らず、正子も聞こうともしていない。 しかし正子は次郎の最大の理解者であり戦友でもあった。それぞれの戦場は異なれども、世間や時代に押し流されずに、自らの生き方を貫いた。

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