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2013.03.10

里見弴著「恋ごころ」と「やぶれ太鼓」

里見弴を読む。
サトミトンと聞いても、今の若い世代は???ではないだろうか。かく言う自分も、有島武郎の弟だとは知ってはいたが、まともに読んだ記憶はなく、今回講談社文芸文庫による短編集を読んで、その巧さに感心したものだ。
この文庫本には五編の短編が収録されているのだが、そのうちの「恋ごころ」と「やぶれ太鼓」の二編が特に素晴らしかった。
「恋ごころ」は、まるで森鷗外泉鏡花のような隙間のない文章で始まる。この書き方によって、主人公の両親の馴れ初めを物語る部分では、明治初頭の香りが味わえる。そして主人公の少年が夏休みに過ごした盛岡での淡いひと時に物語が移ると、文章は急に読み易くなり、水彩画のように彩りが増す。そして物語は時間を飛び越え、主人公の少年は老境の小説家となり、訪れた盛岡でラジオのインタビューに思い出話を語り出す。文章も現代的になり、読むのに全く違和感がなくなる。そして主人公の老大家の前に一人の女性が現れる。その展開も陳腐なものではなく、淡くしかし鮮やかに心に残るエンディングとなる。
読み終えて思わず「巧い」と唸ってしまた。久しぶりに気持ち良く読み終えた小説だった。
もう一編の「やぶれ太鼓」は、ある幇間(太鼓持ち)の生涯。こちらは技巧を削り取り、淡々と物語を進めている。一人の名もない男の華も実もない生涯に、脚色のない現実的な悲哀が描かれ、刹那さを後味に残す佳作だ。

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