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2008.04.26

ウゴルスキによる奇跡の名演奏

65才の小男はトコトコと舞台中央に歩み出て、満席の聴衆に向かって深々とその禿頭を下げた。その時はまだ誰もが、このロシア人ピアニストが信じられないほど雄大な名演を繰り広げるとは、予想していなかった。
アナトール・ウゴルスキは、1942年9月28日にソビエト連邦のアルタイに生まれる。レニングラードで音楽を学ぶが、現代音楽に強い関心を示したため当局から危険視され、演奏家としての道を断たれ、日の当たらない音楽教師の道を歩む。1990年にベルリンに亡命し、一時は難民キャンプに身を寄せていた。その頃、難民キャンプに滅法ピアノの巧いロシア人がいると話題になり、ついにはグラモフォンからメジャー・デビューを果たす。
昨夜ウゴルスキは我々ブリュッセルの聴衆の目の前で、ロシア・ピアニシズムの頂点とも言うべき、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を演奏した。
言うまでもなく、この協奏曲は超絶技巧の難曲であるとともに、古今のピアノ協奏曲の中でも一二を争う絢爛豪華な楽曲であり、多くの名演奏家達が名演奏を残してきた。また、コンクールなどでも若手ピアニストがその技巧を誇るために、必ずと言って良いほどレパートリーに取り上げる楽曲でもある。つまりそれだけ自分を含め多くの聴衆は、この曲を数限りなく耳にしている。
しかしウゴルスキはそのいずれとも違った。激しく疾走するする超絶技巧の演奏が多い中で、ウゴルスキは誰よりもゆったりとしたテンポで、野太く雄大な音楽を再現したのだ。冒頭の三拍子はまるでユーラシア大陸を覆うシベリアの大森林を思わせ、カデンツァに至っては顕微鏡で譜面を分析するような緻密さで、音符一つ一つを丁寧に再現したのだ。つまりウゴルスキは、チャイコフスキーがフリーズドライにした芸術を、掌でゆっくりと暖め解凍し、我々の目の前に再現したのだ。
率直な感想は、こんなピアニストがまだこの世にいたのかという驚きだ。それはまるでシベリアの森林でマンモスに出逢ったような気分だ。
聴衆は勿論、オーケストラも惜しみなく尽きる事ない喝采を送った。ブリュッセルの聴衆がこれほど熱狂したのは初めての経験だ。その歓声に応えるウゴルスキは、魔法の解けた小人のように、再び深々と頭を下げた。

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