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2008.01.30

美声を堪能できるアルバム "Ella and Louis"

随分長年音楽を聴いてきたが、美声だと感嘆できたものは数少ない。歌唱力の優れた歌手は数多くいるが、美声という天性の才能を併せ持った歌手は本当に少ないのだ。
Ellaandlouisその最高峰に位置するのは、エラ・フィッツジェラルドではないだろうか。そのエラの数多いアルバムの中でも特に思い入れが深く、その美声を堪能できるのが、ルイ・アームストロングとの1956年の共演作"Ella and Louis"だ。
1曲目の"Can't We Be Friends"を初めて聴いた時、その天然水のような歌声に心を奪われてしまった。ルイの濁声と情熱的なトランペットと対称をなすように、エラの歌声は清楚で可憐な乙女のようである。何度このアルバムを聴いても、この1曲目の数小節で、すっかりエラの虜になってしまう。
またこのアルバムはバンドの顔触れも凄いのだ。ピアノにオスカー・ピーターソン、ベースにレイ・ブラウン、ドラムにバディ・リッチ、そしてギターはハーブ・エリスという豪華メンバーなのである。つまりエラとルイを抜いても、充分売れるメンバーなのだ。

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2008.01.29

EL "CLUB DE JAZZ" EN PODCAST

Elclubdejazz
お薦めのポッドキャストです。タイトル通りジャズの番組です。
番組もホームページもスペイン語なのでよく分かりませんが、どうやらメキシコのFM放送局の番組のようです。それゆえにラテンぽいジャズもたくさん聴けます。
週に1回のペースで約2時間の番組を、パート1とパート2の二つに分けてダウンロードできます。ビットレートが高音質の128kbpsのものと、軽容量の80kbpsの2種類が用意されています。
取り上げている楽曲がなかなか良質なので、iPodに入れてクルマでも聴いています。
それから勝手な理屈ですが、スペイン語を聴いていると、なんだか南国の青空が広がっていくように気分が晴れるので、欠かさずダウンロードして聴いています。

まずは試聴

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2008.01.25

フランス人によるガーシュイン

ガーシュインが好きだ。ジャズとクラシックの融合に成功したただひとつの例だと思っている。
そのガーシュインの代表曲といえば「ラプソディー・イン・ブルー」。昨晩この名曲を演奏会で聴いた。
Braleyピアノは1968年生まれのフランス人Frank Braley(写真)。指揮も1960年生まれのフランス人Pascal Rophé。オーケストラはリエージュ・フィルリエージュはベルギー東部のフランス語圏の町。このフランス三つ揃えでのガーシュインが素晴らしかった。
特にFrank Braleyのピアノは本当に素晴らしかった。クラシックではなくジャズとして華麗なソロを展開した。それは力強くもあり、遊び心満点で、スリルにも満ち溢れていた。前から2列目の至近距離で聴いたため、すっかり時空の感覚を喪失し、彼の音楽に埋没してしまった。
ガーシュインはクラシックなのか、ジャズなのかと問われれば、ジャズであるべきだと思う。クラシックとして演奏してしまうと、全くつまらない音楽になってしまうからだ。
例えばラプソディー・イン・ブルーの冒頭でのクラリネットの独奏を、優等生らしく真面目に吹いても全く面白くない。禁酒法時代の黒人のようにファンキーに吹いて始めて、この曲が幕を開けるのだ。
昨晩の演奏会では、このクラリネット・ソロも素晴らしかった。これを聴いた瞬間、「おっ、今夜の演奏は期待できるぞ」と強い手応えを感じた。演奏後ピアノのFrank Braleyもクラリネット奏者にしきりに拍手を送っていた。良い演奏が、良い演奏を引き出したのだ。これはまさにジャズにおけるジャム・セッションの醍醐味に通じる。これをクラシックの管弦楽とピアノというフォーマットで、成し得てしまうところが、ガーシュイン最大の魅力だ。

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2008.01.23

アレクサンドル・ソクーロフの「太陽」

Sunアレクサンドル・ソクーロフ監督の映画「太陽」をDVDで観た。
普段我々が映画と呼んでいるものとは全く異質なものだった。全編を通してほぼ室内劇であること。劇中音楽がほとんどなく、無音の長回しの連続であること。何より昭和天皇を主人公にしていること。
主演のイッセー尾形の演技には戦慄した。それは演技を越え、生き写しとも言えるような完璧さだった。
哀しく切ない映画の中にも、数カ所笑ってしまうシーンもあり、皇后との再会シーンには心が救われた。
自分は天皇崇拝の思想は全く持ち合わせないが、米兵たちの無礼や、マッカーサーの振る舞いには、強い屈辱感を覚えた。なぜだろう。それは多分、同じ日本人として、否、同じ人間として、劇中の昭和天皇に強い共感を持ったからだろう。こういう心の動きを与えてくれるものこそ、本物の芸術作品だと思う。

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2008.01.21

西木正明著「梟の朝 山本五十六と欧州諜報作戦」文春文庫

ノンフィクションだと思って読み始めたら、一人称で語る主人公が著者ではなく、実在しない固有名詞も現れ出したので、何だフィクションかと気軽に読み進めた。ところがあまりの謎解きの面白さに、読むことを中断できなくなり、結局朝に読み始め、晩に読み終えてしまった。こんな読書は久しぶりだ。
ネタバレになるので内容は詳しく書けないが、第2次大戦中の日本の諜報活動を、フリーライターの主人公が謎解きの旅をするのである。とにかく序章を読んだだけで、これは凄いと思った。
そして読み終わって、少し調べてみたら、ことごとく実在したのだ。キーとなる登場人物も、謎の諜報機関も。フィクションなのか、ノンフィクションなのか、分からなくなった。
フォーサイスのオデッサ・ファイルに匹敵する傑作だ。

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2008.01.20

Nâdiya "Amies-ennemies"

ちょっと面白い曲なので紹介します。
まず歌っているのはNâdiyaというアルジェリア系フランス人のポップ歌手です。1973年生まれですから、もう30歳を超えていますが、歌唱力よりビジュアルで売っています。16歳の頃、800メートル走でフランス1位という経歴もあるそうです。
さてこの曲は2006年に出したシングル曲で、フランスのチャートで最高4位、ベルギーでは3位にもなったものです。何が面白いかと言えば、、、

そうです。ショパンのワルツ第7番嬰ハ短調のメロディーを使っているのです。
ショパンの曲をポップスにするアイデアは、1983年にイタリア人歌手ガゼボが"I like Chopin"という曲をヒットさせましたね。日本でも小林麻美が「雨音はショパンの調べ」という邦題でカバーしました。
つまりこの"Amies-ennemies"も、「友達は恋敵」とかいうダサい邦題でも付けて、売れない女優に歌わせれば売れるかも?

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2008.01.18

クレイジーケンバンド "GALAXY"

Galaxy日本に住んでいたころは、ちゃんと聴いたことがなかった。時々何かで耳にしても、単なるコミック・バンドだと思っていた。
それが欧州に住みだして何年か経ち、たまには何か日本の新しい音楽も聴きたいなと思っていた頃、クレイジーケンバンドのGALAXYというアルバムに出会った。そしてその多彩なメロディーと愉快な歌詞に、すっかり心を奪われてしてしまった。
デビュー当時のサザンオールスターズのように、その奇抜さばかりに目を囚われがちだが、よく聴いてみれば、メロディー良し、アレンジ良し、演奏良しの三拍子揃ったバンドなのだ。
とはいえ、彼らの魅力はやっぱり笑ってしまうような歌詞だ。

混沌料理」という曲の「お客さん何名様ですか? 見れば分かるだろ、独りだよ」というフレーズは最高だ。
また「ミニスカハコスカヨコハマヨコスカ」など、タイトル自体がリズミカルに韻を踏んで愉快だ。
更に「ハマのアンバサダー」では、「世界は、俺を待ってるぅ」と歌いだし、「昨日はボンベイ、明日はチェンマイ」と世界を飛び廻るのだ。何とも痛快ではないか。

自分が生まれ育った横浜には、軽快で洒落た人生がカッコイイという風土がある。同時にカッコつけることは、カッコ悪いという美意識がある。気取っていながら、ふざけた馬鹿な奴が愛される。
クレイジーケンバンドの世界観が自分のツボにはまったのも自然だ。

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2008.01.17

MacBook Air発表で思い出した我が歴代ノート型Macたち

指を折って数えてみたら、今までにMacを8台所有していた。そのうち5台はノート型で、更にその中の2台は、今回発表されたMacBook Airに近いコンセプトの製品だった。
1台はPowerBook 100、もう1台はPowerBook Duo 2300c

Powerbook100PowerBook100は、1991年に発売された初代PowerBookシリーズの中のひとつで、フロッピー・ディスク・ドライブを外付けにした最軽量モデルだった。デザインもなかなかスッキリとしており、今も大事に保管している。
但し実用性は全然駄目だった。とにかくメモリ不足とバッテリー切れで、外に持ち出して使うことは皆無だった。当時のOSは仮想メモリもなかったし、モデムすら付いていなかった。そもそもまだ世の中はインターネット以前の時代で、カプラを公衆電話の受話器に装着して、ピーヒョロ鳴らして、パソコン通信に接続する不審な人間が生息した頃だ。パソコンすら珍しい時代に、それを外に持ち出して使うなど、自慢以外の何ものでもなかった。

Duo2300cさて、もう1台のPowerBook Duo 2300c(1995年発売)は結構使った。これもCD-ROMやフロッピーのドライブを内蔵しないモデルで、Duoシリーズの最終モデルだった。モニタがカラーでトラックパッドが付き始めた頃の製品でもあった。但し初期のトラックパッドは、自分の指と相性が悪く、ポインターがモニタの中で蠅のように飛び回って使い物にならなかった。困ったなと思っていたら秋葉原のジャンク屋で、旧式のトラックボールへの交換キットを見つけ、自分で付け替えた思い出がある。
ただしこいつも今のような無線LANなどない時代だから、外に持ち出すことはほとんどなかった。そもそも小さいくせに2キロぐらいの重さがあった。それでも性能はデスクトップ機と比べても遜色なく、当時の狭い日本家屋暮らしには重宝した。

Macbookairさてそんな2台の使用経験を元に、今回発表のMacBook Airを考えてみると、、、
DVDドライブを取っ払って、薄く軽くした点は、上記2台のコンセプトに近い。但し、当時と比べれば無線LAN経由で大抵の情報のin/outができるようになり、外付けドライブの使用頻度はだいぶ減ったので、やっと時代がコンセプトに追い付き、机上以外の場所での使われ方ができるようになったと思う。この点では良いタイミングだと思う。
但しパソコンを小型軽量化して外に持ち出そうというコンセプト自体、今や陳腐だと思う。それこそ大抵のことは携帯電話で出来る時代なのだ。わざわざパソコンを持って出かけるなんて誰がするのだ。客先でプレゼンするにしても、USBメモリにPowerPointのファイルを入れていけば、先方でパソコンとプロジェクタを貸してくれるし、旅先でメールをチェックしたければ、ホテルのロビーにあるパソコンでWebメールが使える。
それでは誰がいまどき小型軽量パソコンを使うのかと考えると、家庭内難民とも言える日本のお父さんたちではないだろうか。書斎も机さえも持てず、食卓の片隅でパソコンを広げなければならない人に適していると思う。家の中に無線LANを設置すれば、使わないときは部屋の隅で充電させておき、使いたいときにはトイレの中でも、寝床でも使える。Blogを書いたり、音楽をダウンロードしたりと、奥さんや子供たちから逃げ回り、自分だけの世界にトリップできるだろう。
でもこういう人たちって、高価なMacを買うのかなぁ?

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「激流中国」を観て

年末年始に日本に行っていた。本とDVDをごっそり買い込み、更にテレビ番組もいくつかDVDに録画して持ち帰った。
その中で衝撃だったのは、再放送されていた「激流中国」の「富人と農民工」の回である。この番組は相当反響があったようで、今更ここに書くには及ばないのだろうが、とにかく驚いた。
中国での貧富の格差について、噂には聞いていたが、あれほどに凄いとは思わなかった。多分日本を含む欧米先進国を見渡しても、あれほどの格差は存在しないのではなかろうか。
ロシアや東欧諸国も急速な市場主義化により、貧富の格差は問題となりつつあるが、番組で紹介された中国のような悲壮さはない。
確かにいつの世も金持ちと貧乏人は存在し、貧乏人はどんなに苦労しても、その貧乏から抜け出せないという悲劇は繰り返されている。しかしその繰り返しの中で、社会全体の豊かさが底上げされ、貧乏の程度も少しはマシになるようだ。
成熟した欧州から見ると、中国とは得体の知れない巨大な幼虫のようである。不気味に蠢いて、成長するとどんな姿になるのか予想もつかない。そんな超大国の傍らに、冬のキリギリスのように息を潜める日本という国は、遠くから見て実に心細い。

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