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2007.11.25

"The Starfish and the Spider" by Ori Brafman and Rod A. Beckstrom

Starfishandspider組織論、広く言えば社会学の本。「ヒトデはクモよりなぜ強い」という気色悪いタイトルと装丁で日本語訳も出ているようだが、原書の方はご覧の通りスッキリとしている。
内容は中央集権(centralized)と分権(decentralized)の優劣を論じるという古典的なネタだが、例え話が現代的で、面白く読んだ。
タイトルの通り、中央集権的な組織をスパイダー(クモ)型、それに対して分権化されたネットワーク的な組織をスターフィッシュ(ヒトデ)型として、説明されている。クモは頭をもぎ取れば死んでしまうが、ヒトデはそもそも頭がなくて、その足をもぎ取っても死なない。それどころか、真っ二つになっても蘇生し、二匹になるそうだ。
つまりCEOがいて本社が指揮命令するようなピラミッド組織の会社はスパイダー型で、自発的に発生したNGOやボランティアの集まりは、リーダーもトップダウンの指示もないスターフィッシュ型の組織だと言っている。ここまでは納得。
そこからは我田引水的にスターフィッシュ型の仕組みや優位性が書き並べられている。ちょっと眉唾かなとも思いながら読み続けると、スターフィッシュ型にも無秩序に陥るのリスクがあると言い出し、結局はスターフィッシュ型とスパイダー型のハイブリットが良いという着地点に落ち着く。その事例として、最後はドラッカーや日本的経営の見本としてトヨタが出て来て、オイオイそういうオチかよとツッコミたくなる。
大筋では目新しい論理展開はないが、いろいろな事例がなかなか興味深かった。
本書のサイトでは、序章と第1章が読める

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2007.11.21

女王再臨 Anne-Sophie Mutter演奏会

Anne-Sophie Mutterを聴くのは今年2度目になる。前回2月10日は、バッハ中心の比較的地味な演目だったが、昨日の彼女はAndré Previn指揮によるコンセルトヘボウ・オーケストラという強力な布陣を配し、チャイコフスキーのバイオリン協奏曲を演奏したのだ。
開演してまず驚いたのは、Previnがとんでもなく老け込んで、歩くのも覚束ないほどに登壇し、椅子に腰掛けて指揮をしたことだ。それからオーケストラも右に第2バイオリンを置く古典的な楽器配置。最近この配置は流行なのだろうか。
演奏会1曲目は小手調べに、グリンカの短い序曲。老いたとはいえ流石Previn。腰掛けた身体は全く動かさず、両手だけで流麗かつ明快な指揮ぶり。素人の自分が観ていても、オーケストラへ何を指示しているのかがよく分かる。コンセルトヘボウも名門らしい豊潤な音色を醸し出していた。
そして2曲目。待ってました。現役最高峰のバイオリニストAnne-Sophie登場。いつもながらの両肩を出しウエストを絞ったドレス姿は、古臭い例えだが、コカコーラの瓶のようで、いつ見ても惚れ惚れする。
Annesophie
まずは何よりチャイコフスキーを選曲した勇気に敬意を表さなければならない。普通彼女ほどのキャリアであれば、安全策として、あまり演奏されない通好みの曲を選ぶものだ。独自の解釈で思い切った演奏をしてもケチが付きにくいからである。ところがAnne-Sophieは、誰もが知っている名曲中の名曲を、耳の肥えた聴衆相手に真っ向から勝負しようというのだ。
野球に例えるならば、予告本塁打のようなものではないだろうか。それも先頭打者が初球をバックスタンドに放り込もうと企てる暴挙に近い。ところが彼女はそれをやってのけてしまったのだ。それも弾丸ライナーのような物凄い演奏で!
とにかく彼女の演奏は、強弱緩急が尋常ではない。普通ならば下品になりかねないところを、彼女は恐れることなく、そのギリギリの線まで踏み込んで行く。
彼女の演奏を聴きながら、こんなことを考えた。
協奏曲は指揮者やオーケストラのものではない。更には作曲家やましてや聴衆のものでもない。ソリストただ一人のものである。ソリストが演奏したいように演奏するためだけに存在するのだ。そう洗脳されてしまうほどの迫力があった。
第1楽章だけで自分も含めた観客は完全にノックアウト。感極まった観客の中には、拍手をしてしまう人も多くいた。
第2楽章は比較的オーソドックスなテンポだったが、音色の太さにはいつもながら感心。ゆっくりと歌う弱音部でも、まるでチェロのように暖かく響くのだ。
第3楽章ではもう彼女の独壇場で、そのあまりの過激さに、時折流石の名門オーケストラも付いて行けず、多少ズレてしまう箇所もあった。ピチカートの箇所では、そんなに強く指ではじいたら、バイオリンが壊れてしまうのではないかと心配になるほどだった。
演奏が終わった時点で、自分にとって、暫定的ではあるが、人生最高の演奏を聴いたことを強く実感した。
拍手喝采の嵐に、何度もステージに呼び戻されたことは言うまでもない。
休憩時間には、ロビーで即席サイン会が行われ、観客が大挙押し寄せ大変な騒ぎになった。自分もサインは無理だったが、カーディガンを羽織り談笑しながらサインする彼女を間近で見ることができた。
休憩後の演奏会3曲目は、ラフマニノフの交響曲第2番。Anne-Sophieの演奏で満腹の後に、この大曲は正直辛かった。できれば次回に取っておきたいほどの名演だった。カツ丼大盛りを食った後に、すき焼きの鍋が出て来た気分だった。あぁ、贅沢は罪だ。

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2007.11.15

幻だったレーベル "Black Jazz Records"

Bj_logo今はもう「幻の」ではありません。簡単に入手できるようになったからです。どういうことかというと、、、
今は昔、1971年から1976年にかけて、わずか20枚のアルバムをリリースをしただけのレコード・レーベルがありました。それがBlack Jazz Recordsです。その名の通り、黒人によるジャズ音楽なのですが、当時のジャズと言えば、ロックや電気楽器の影響を受け、ジャズという枠組み自体が意味をなさないくらい、グチャグチャになっていた時期です。
さて当時のリリースは当然、アナログ塩化ビニール盤です。いわゆるLPレコードですね。ところが近年クラブのDJ諸氏が、好んでこの音源を使うようになると、一気にCD化され通信販売されました。奇特なマニアがわざわざ通販でお取り寄せしていた頃はまだ「幻の」と言えたかもしれません。
ところが今やBlack Jazz Recordsのオフィシャル・サイトでは、全ラインアップがダウンロードで購入できるようになってしまったのです。つまりもう幻ではなくなったのです。
早速ひととおり試聴して、4枚ほど購入しました。アルバム1枚8.50米ドルで、192kbpsという高音質のmp3ファイルが購入できます。クレジット・カードで決済を済ますと、eメールが送られて来て、それに記載されているURLからダウンロードができる仕掛けです。それを聴くためには、iTunesなどのソフトに読み込まなければならないので、ちょっと面倒です。

さてさて音楽はどうなのかというと、黒々しています。電気楽器も使ってますし、ファンクやロックの要素も多分に含まれています。まさにブラック・ジャズという言葉から想像される音楽です。
お薦め盤をあげるほど聴き込んでいませんが、ベーシストのHenry FranklinとギタリストのCalvin Keysのデビュー当時の作品は良い収穫でした。今後も買い足して、良いものが選べたら、あらためて紹介しましょう。

それにつけても、大枚をはたいてLPレコードを買い集めたマニア諸氏には、少し気の毒な世の中になりましたね。長い尻尾はどこまで長くなるのやら。

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2007.11.12

「綺堂むかし語り」と、電子書籍について少々

半七捕物帳」で有名な岡本綺堂によるエッセイ集である。
明治5年生まれの麹町育ちとあって、幼少時の東京の描写は、江戸の名残がたっぷりで興味深い。当たり前だが、明治維新、文明開化で、庶民の生活が一変したわけではなかった。人力車や馬車が走り回るようになっても、庶民の暮らしは江戸の頃と同じ。時間はゆったりと流れ、あくせく働かず、芝居を観たり、湯屋に通ったりしている。
「ゆず湯」という話は、エッセイというより短編小説といえるほどの完成度で、感嘆に値する。
明治の東京の風物エッセイ以外にも、日露戦争での従軍記者としての思い出話なども収録されている。雇った中国人苦力の実直さに接し、侮蔑していた自分を恥じる話など、戦場の血生臭い話はなく、異国の人情風物が水彩画のように書き綴られている。

このエッセイ集は全編かなりのボリュームが収録されており、毎日少しずつ読んでいる。と言っても紙の本ではなく、青空文庫に公開されているデータを、azurという読書用閲覧ソフトで縦書き表示にして、パソコンのモニタで読んでいる。縦書き表示にして大きめの好みのフォントで読むと、紙の本同様に全くストレスなく読める。
またazurは、見開いているページのイメージをjpegファイルに出力でき、液晶パネルのあるデバイスであれば、携帯電話でも、デジカメでも、PSPなどのゲーム機でも、読書することが出来る。しばらく前からPalm LifeDriveで読んだりもしているが、データ転送や操作性に多少の不満があり、最近はあまり活用していない。
今のところ読書デバイスとして決定版がないため、電子書籍が紙の本を駆逐する日は遠いように思える。

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2007.11.11

"Sea of Thunder" by Evan Thomas

Seaofthunder太平洋戦争の海戦記。
アメリカ側をハルゼー、日本側を栗田健男の両提督を軸に、レイテ沖海戦が詳しく書かれている。日米双方とも、いくつものミスを犯した凡戦であったことが分かる。と同時に、過酷な戦場で正しい判断を下すことの難しさも充分理解できた。
両軍にとって後味の悪いこの海戦から学ぶことは多い。結果的には日本艦隊の大敗ではあったが、ハルゼーにしてみれば日本艦隊を壊滅できず取り逃がしたことになった。
ハルゼーは戦後、原爆投下を無慈悲で戦争終結に不必要であったと言っている。日本人を嫌っていたハルゼーのこの発言の裏には、もしレイテ沖で日本艦隊を壊滅できていればという気持ちが残っていたのではないだろうか。
もしレイテ沖で日本艦隊を壊滅できていれば、米艦艇は一気に日本本土に近付くことができた。それこそ相模湾から艦砲射撃で東京や横浜の軍施設を狙えた。これが出来ていれば、B29による無差別爆撃の必要もなく、東京大空襲も原爆投下もなかったかもしれない。
その代わり日本が徹底抗戦していたら、九十九里か湘南が第2のノルマンディーなっていたかもしれない。

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2007.11.09

今年2回目のラフマニノフ交響的舞曲

昨夜、ロイヤル・フランダース・フィルの演奏会に行ってきた。指揮はPaul Watkins。お目当ては、ラフマニノフの交響的舞曲
この曲は今年の3月、フランクフルトでモスクワ・フィルによる演奏を聞いている。つまり、あまり有名ではないこの大好きな曲を、1年で2回も聴くチャンスに恵まれたのだ。ヨーロッパに住んでいて良かったとシミジミと思う。
3月のモスクワ・フィルの演奏は、異常なほどテンポが遅かったが、今回は比較的オーソドックスな颯爽とした演奏だった。第1楽章は、冒頭の迫力が不足していた。もっと荒々しく嵐のような展開が欲しかった。第2楽章の3拍子は、軽快なスイングの中に不吉な雰囲気が感じられ上出来。第3楽章はオーケストラもアクセル全開で迫力充分のフィナーレだった。大好きな曲なので採点は辛く70点ぐらいかな。
尚、指揮をしたPaul Watkinsは1970年生まれのイギリス人で、元々はチェロ奏者としてデビューし、最近は指揮者としても欧州各地のオーケストラで客演している。見た目は、おデブなお坊ちゃん。頬っぺたを赤くして、巨体を揺らした棒振りには、どこか可愛げがあった。彼の幸福そうな風貌は、最後まで苦悩の人生を歩んだラフマニノフと対極にあるようで可笑しかった。
Sergei_rachmaninovここでは敢えて、わが敬愛する大作曲家であり、史上最強のピアニストであったセルゲイ・ラフマニノフのポートレートを掲げておこう。

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2007.11.06

矢作俊彦の新作小説(!)「気分はもう戦争」

矢作の「気分はもう戦争」と言えば、大友克洋との漫画だと決め付けてはいけない。ここに書くのは、なんと全く別モノの新作小説なのだ。それも自身のオフィシャルサイトに書けた分だけ掲載している。今日現在第2章まで読める。つまり無料で。
第1章だけ読むと、全く意味不明なのだ。なぜならこの章は、ストーリー全体の後日談になっている。つまり最終章を冒頭に持ってきてしまっているのだ。
舞台は西鉄福岡駅ガード下の屋台。登場人物は大手新聞社の社会部記者男女数名。酒を酌み交わし、「自衛隊初の戦争」を振り返り、語り合う。我々読者はこのシーンで、パラレル・ワールドに来てしまったことに気付く。風景描写は在り来たりのガード下の屋台なのだが、語られている内容は全く理解できない世界情勢。
そして第2章。本当のストーリーが始まる。中国海軍の実験機が自衛隊の警戒管制を易々と突破し、福岡空港に強行着陸してしまう。その実験機は米軍さえも持っていない超音速ステレス機だったのだ。滑走路に降り立った中国人テストパイロットは奇妙な日本語を喋り、それを迎えた日本人との対面シーンは、まるで火星人との遭遇のようで可笑しい。このパイロットの最初の要求は、スターバックスのキャラメルマキアート。流石矢作!!!
場面は変わって首相官邸。閣僚たちは危機管理体制ゼロのドタバタ劇を演じる。
いやぁ、面白いぞ、これは。続きが読みたい!!! 頼むから未完で終わらせないで欲しい。少なくとも、このサイトが消滅しないうちに、データをテキストで保存しておいた方が賢明かもしれない。

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2007.11.05

岩田靖夫著「ヨーロッパ思想入門」岩波ジュニア新書

中高生向けの新書本なのだが、全く侮れない名著である。非常に明解な論理展開で、読んでいて気分が晴れやかにさえなる。
ヨーロッパ思想は、「ギリシアの思想」と「ヘブライの信仰」という二つの礎石の上に立っているとしている。「ギリシアの思想」とは、ギリシア神話に始まり、ギリシア悲劇や、ソクラテス、プラトン、アリストテレスへと続く哲学である。一方「ヘブライの信仰」とは、ユダヤ教として生まれ、世界に広がったキリスト教のことである。

読み終えて、こんなことを考えた。
21世紀の現代において、人類はいまだに民族、宗教、文化、慣習、言語の相違に苦しんでいる。前世紀の共産主義国家自壊により、単一的な全体主義では秩序を保てないことをようやく悟った。残された道は、それぞれの違いを認め尊重し合う多元性しかない。ところがこの多元性には「寛容」が不可欠なのだ。更に言えば、イエスが説いた「愛」が必要なのかもしれない。
「愛とは自分の好きな人に親切にすることではない」、「かかわりあいになったら厄介を背負いこむかもしれないと思われるような人に、近づいていって一緒に苦しみを背負うこと、それが愛である」と著者はこの本で解説している。
テレビをつけると、トルコでのクルド紛争を報じるニュースに続いて、ドイツ・ケルン市当局がイスラム教徒の寺院建設に難色を示していると報じられていた。ドイツには50万人以上のクルド人が住んでいると言われる。トルコは戦略的に重要なNATO加盟国であるのに、EUへの加盟は難航している。
欧州にとってイエスの教えが、2千年後の今も尚トルコ(異教徒)との関係に有効であるとすれば、それは悲劇なのだろうか、喜劇なのだろうか。

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2007.11.01

Band of Brothers

Band_of_brothersずっと買い置き状態だったDVDボックスを観終えた。全10話の連続ドラマで、各話1時間前後。毎晩2話ずつ観て、昨夜全話観終えた。
第2次大戦の欧州戦線でのアメリカ空挺部隊の話。本国での訓練に始まり、ノルマンディー作戦マーケット・ガーデン作戦バルジ応戦、そして終戦までが丁寧に描かれている。
製作総指揮をスピルバーグとトム・ハンクスがしており、映画「プライベート・ライアン」と同じ雰囲気に仕上がっている。そのため同作からスピンオフした続編を観るように、西部戦線全体を把握できる。
単なる武勇伝ではなく、米兵による略奪や捕虜の射殺シーンなどもあり、戦争を美化していない。また戦闘シーンは、プライベート・ライアン以上にリアルでグロテスク。まさしく地獄絵図である。
但し最終話ではアルプスの美しい風景の中で終戦を迎え、野球に興じる兵隊の笑顔がまぶしい。

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