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2007.08.01

同学年の二人

調べごとをしていたら、二人の人物が同学年であることを発見したので、メモ代わりに少し整理して書き並べてみる。

1884年(明治17年)4月4日、新潟県長岡市で生まれた高野君と、その翌年1885年2月24日にアメリカ・テキサス州にドイツ系移民3世として生まれたチェット君は、日本の学校制度に当てはめれば同学年ということになる。
高野君は旧制長岡中学校から海軍兵学校に進み、日露戦争では海軍少尉候補生として日本海海戦に参戦している。一方チェット君もまたアメリカ海軍兵学校を卒業し、少尉候補生としてアジア艦隊旗艦の戦艦オハイオに搭乗し、横浜停泊中に招待された日本海海戦の戦勝祝賀会に出席している。このとき東郷平八郎と同席し大変な感銘を受けることになる。
高野はその後、山本家を相続し山本姓となり、駐米武官としてハーバード大学に留学したり、海軍航空隊を指揮したりと、アメリカ通の飛行機屋として将官の道を進む。チェットもまた、潜水艦隊勤務を経て大佐に昇進後、敬慕した東郷平八郎の国葬出席のため、二度目の訪日も果たしている。チェットの場合も日本通の潜水艦屋であったといえよう。
その後もこの二人が実際に対面した記録はないが、日米それぞれの海軍を指揮して太平洋で戦うことになるのである。
この二人、帝国海軍連合艦隊司令長官山本五十六と、合衆国海軍太平洋艦隊司令長官チェスター・W・ニミッツが同学年であることには、あまり着目されていないように思う。しかしこの二人には何か共通するものを感じる。
山本が戦前、対米戦争に勝算はないとして反対したのは有名だ。ニミッツも皇居への攻撃を厳禁し、戦略的に不必要な原爆投下に反対した。山本は1943年4月の戦死後、海軍元帥に叙せられ、ニミッツもまた大戦末期の1944年12月に海軍元帥に昇進した。
陽気で冗談好きの山本と、謙虚で思いやりのあるニミッツが、多くの人命を費やして戦ったことを、後世の我々はどう受け止めればよいのだろうか。歴史の悲劇として片付けるには簡単すぎる。

以上書いてみたところ、今まで馴染みの薄かったニミッツ提督に俄然興味が湧いてきた。早速関連書籍を数冊取り寄せて読んでみようと思っている。

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