« July 2007 | Main | September 2007 »

2007.08.21

「青年」に読む鷗外のユーモア

森鷗外の小説「青年」には、作中の主人公から見た視点で、作者自身が描かれている箇所がある。
主人公である小説家志望の青年は、漱石の「三四郎」のように上京して、明治末期の東京の街を歩き回る。ちなみにこの主人公の姓名は小泉純一といい、某国の元首相に似ているが、これは当然パロディーではない。小説の方が本家で、元首相の方がパクったのかもしれない。
この小説の第一章で、主人公が歩き回る様子は、実に生き生きと描かれており、もし徘徊小説というジャンルがあるのならば、その筆頭にあげても良い。
その小泉純一が散歩の途中、
「ふいと左側の籠塀のある家を見ると、毛利某という門札が目に附く。純一は、おや、これが鴎村の家だなと思って、一寸立って駒寄の中を覗いて見た」
「毛利鴎村」とは森鷗外のことである。
この場面で作者鷗外は、主人公の持つ鴎村の印象をこう列記している。
・干からびた老人の癖に、みずみずしい青年の中にはいってまごついている人
・愚痴と厭味とを言っている人
・竿と紐尺とを持って測地師が土地を測るような小説や脚本を書いている人
今で言う自虐ネタなのかもしれない。
結局純一は覗き込んだだけで恐れをなして門前を立ち去っている。
次に第六章では、ある講演会に集まった人たちの会話に毛利鴎村が登場する。まず話題にあがっているのは講演者である「拊石」という人物である。拊石は成功した芸術家で、文芸史上意義のある足跡を残し、最近教員を辞めて文筆活動に専念しているらしい。そう、「拊石」とは言わずもがな夏目漱石である。その拊石の噂話に続いて、いまだに役人をしている鴎村の話題に移る。そこで主人公純一は独白する。
「拊石の物などは、多少興味を持って読んだことがあるが、鴎村の物では、アンデルセンの飜訳だけを見て、こんなつまらない作を、よくも暇潰しに訳したものだと思ったきり、この人に対して何の興味をも持っていない」
またしてもある意味、的を射た辛らつな皮肉を書いている。確かに血気盛んな若者にとって、鷗外の作品は退屈なものが多い。
そして第七章では文豪「平田拊石」が登場して講演をする。文豪森鷗外が文豪夏目漱石を作中の登場人物として描写する興味深い場面である。

兎角鷗外は漱石に比べ堅苦しいイメージが持たれているが、以上のようにまるで「三四郎」のパロディーのようなものを書き、その中で自分自身に随分と皮肉を書いている。久しぶりに読んでみて、その場面ではクスクスと笑ってしまった。あの鷗外の真面目な顔を思い出して。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2007.08.09

Johnny Hartman "I Just Dropped By To Say Hello"

Hartman男も惚れる美声だね。
歌う技術以前に、この声で勝負がついてしまっている。まるでバッターボックスに入ってマウンドを見上げると、全盛期の金田正一が仁王立ちしているような気分だ。
アルバム・タイトルを意訳すれば「ちょっと挨拶するのに立ち寄っただけさ」となる。ジャケット写真そのままに、格好イイ内容のアルバムだ。多分、女も惚れるだろう。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

2007.08.08

Akiko Suwanai "Poeme"

Poeme諏訪内晶子である。大して期待せずに聴いてみたら、驚いた。これは名盤である。
まず音が良い。バイオリンという楽器の最も理想的な音がしている。中低音では野太く粘り、高音ではキラキラと輝くようだ。
そして演奏も良い。諏訪内の演奏にはデビュー以来、比較的オーソドックスで優等生的なイメージを持っていたが、このアルバムでは一皮剥けたように積極性が感じる。特に1曲目のサンサースは圧巻だ。力強さと切れ味を兼ね備え、しっかりと攻めの演奏をしている。デュトワの指揮とオーケストラの鳴りも良い。一糸乱れず、脇のしまった演奏が聴ける。
諏訪内は来年2008年4月に、ここブリュッセルで、地元のオーケストラと、メンデルスゾーンの協奏曲を演奏することになっている。是非聴きに行きたい。
ちなみに欧州の普通のCD店で入手できる日本人のクラシック・アーティストは、小澤征爾とMIDORIと、この諏訪内ぐらいだ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2007.08.06

yohimbe brothers "Front End Lifter"

YohimbeLiving ColourのギタリストVernon Reidと、DJ Logicが組んだユニットの1枚目のアルバム。2002年にリリースされ、既に2枚目も出ていたのだが、先日まで全くそれを知らなかった。たまたまCD屋で物色していたら、Living ColourのCDにまぎれて見慣れぬジャケットを見つけた。よくよく読んでみると、大好きなVernon Reidの名前を発見し、迷わず購入。
全編を通してVernonはそれほど弾いていないが、DJ Logicの作ったトラックに、ギターがうまくハマっていた。特に5曲目の"Welcome 2 The Freq Show"は、まるでおもちゃ箱をひっくり返したようで、こういう遊び心のある曲が大好きだ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2007.08.02

Michael Giacchino "Ratatouille"

Ratatouille
映画も観ていないのに、サウンド・トラックを買っちゃいました。予告編を観て、あまりにも面白そうだったのと、音楽が動きの多い映像を華やかに盛り立てていたからです。
作曲者のMichael Giacchinoは立派なものです。いまどきフル・オーケストラを使って、これだけバリエーションの豊富な楽曲を書けるのは大したものです。まさに作曲家の鑑です。
映画館には観に行けそうにないけど、DVDが出たら買おうと思ってます。日本では「レミーのおいしいレストラン」というタイトルになっているそうですね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2007.08.01

同学年の二人

調べごとをしていたら、二人の人物が同学年であることを発見したので、メモ代わりに少し整理して書き並べてみる。

1884年(明治17年)4月4日、新潟県長岡市で生まれた高野君と、その翌年1885年2月24日にアメリカ・テキサス州にドイツ系移民3世として生まれたチェット君は、日本の学校制度に当てはめれば同学年ということになる。
高野君は旧制長岡中学校から海軍兵学校に進み、日露戦争では海軍少尉候補生として日本海海戦に参戦している。一方チェット君もまたアメリカ海軍兵学校を卒業し、少尉候補生としてアジア艦隊旗艦の戦艦オハイオに搭乗し、横浜停泊中に招待された日本海海戦の戦勝祝賀会に出席している。このとき東郷平八郎と同席し大変な感銘を受けることになる。
高野はその後、山本家を相続し山本姓となり、駐米武官としてハーバード大学に留学したり、海軍航空隊を指揮したりと、アメリカ通の飛行機屋として将官の道を進む。チェットもまた、潜水艦隊勤務を経て大佐に昇進後、敬慕した東郷平八郎の国葬出席のため、二度目の訪日も果たしている。チェットの場合も日本通の潜水艦屋であったといえよう。
その後もこの二人が実際に対面した記録はないが、日米それぞれの海軍を指揮して太平洋で戦うことになるのである。
この二人、帝国海軍連合艦隊司令長官山本五十六と、合衆国海軍太平洋艦隊司令長官チェスター・W・ニミッツが同学年であることには、あまり着目されていないように思う。しかしこの二人には何か共通するものを感じる。
山本が戦前、対米戦争に勝算はないとして反対したのは有名だ。ニミッツも皇居への攻撃を厳禁し、戦略的に不必要な原爆投下に反対した。山本は1943年4月の戦死後、海軍元帥に叙せられ、ニミッツもまた大戦末期の1944年12月に海軍元帥に昇進した。
陽気で冗談好きの山本と、謙虚で思いやりのあるニミッツが、多くの人命を費やして戦ったことを、後世の我々はどう受け止めればよいのだろうか。歴史の悲劇として片付けるには簡単すぎる。

以上書いてみたところ、今まで馴染みの薄かったニミッツ提督に俄然興味が湧いてきた。早速関連書籍を数冊取り寄せて読んでみようと思っている。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« July 2007 | Main | September 2007 »