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2007.07.29

Xiaogu Zhu "Beautiful Lady Hanfei"

Rain
ブリュッセルは朝から冷たい雨。ソファーに横になって本を広げ、ふと外を眺めると、ベランダとその向こうの緑が雨に濡れ、訳もなく遠い東アジアの風景を思い出す。
そんな郷愁を抱いたとき、聴きたくなるのが素朴な中国の音楽だ。目を閉じると、水田に青空が広がり、入道雲にツバメが飛ぶ風景が頭の中に広がる。
隣の芝生は青いと言うが、欧州に暮らしてみて初めて、東アジアが魅力的に感じてきた。
Naxos82004

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2007.07.22

バンベルク交響楽団によるシューベルトとマーラーの5番

わざわざブリュッセルから片道4時間もかけて、ドイツのヴィースバーデンまで、クラシックの演奏会を聴きに行った。このヴィースバーデン周辺ではこの時期、ラインガウ・ムジーク・フェスティバルという催しを行っており、クラシックを中心に様々な演奏会が開かれている。
Kurhaus
今回はジョナサン・ノットの指揮で、バンベルク交響楽団が、シューベルトとマーラーの5番をやるというので、ホテルを取って一泊で行った。会場はクアハウスというホールで、カジノが併設されている華麗な建造物だった。その名の通り、銭湯のような音響だったが、天井や壁面に非常に綺麗な装飾が施されており、見る楽しみはあった。
ヴィースバーデンは金持ちが多いようで、客層は高齢の紳士淑女ばかり。案の定見渡す限り有色人種は自分だけだった。ネクタイをして行ったのは正解だった。
演目は前述の通り、シューベルトの交響曲第5番と、マーラーの同じく交響曲第5番の2曲だけ。この選曲にまずは感心した。5番というナンバリングをしたシンフォニーには、多くの作曲家が名曲を残している。ベートーヴェン、シューベルト、チャイコフスキー、マーラー、ショスタコーヴィチ。思いつくだけでも、いずれの5番も素晴らしい。
さて20時の定刻を僅かに過ぎて開演。オーケストラのメンバーが入場し、その楽器配置の工夫に気づいた。通常は客席から見て、指揮者を中心に左から、第1バイオリン、第2バイオリン、ビオラ、チェロと配置されるのだが、バンベルクの面々は19世紀後半に一般的だった配置で、左に第1バイオリン、右に第2バイオリンが陣取り、それを挟むように、指揮者後方にビオラとチェロが配されていた。
この配置が1曲目のシューベルトでは威力を発揮した。つまり軽快に音の粒を立たせて、ロココの香りを残した古典的な演奏となっていた。とにかくこのシューベルトの5番は、聴いていて気持ちが良かった。
Pause
1曲目の後、休憩。このホールは公園内にあるため、休憩時間になるとそれぞれグラスを片手に野外に出てしまう。21時前なのに外はご覧の通り(写真)明るく、白ワインを飲みながら、公園内を少し歩いた。これこそ贅沢な演奏会の楽しみ方だと実感した。休憩が終わる頃になると、若い女性の係員が鈴を鳴らして、この公園内を歩き回り、聴衆はホールにゾロゾロと入って行く。
2曲目は大好きなマーラーの5番。ここでも1曲目同様に古典的な楽器配置だったのには少し驚いた。マーラーでは通常通りチェロを右に持ってくるとばかり思っていたからだ。この配置はやはり失敗だった。中低音が甘くなり、迫力と官能美に欠けた。また管楽器が弱かった。第1楽章冒頭のトランペット・ソロや、第3楽章のホルン・ソロも力量不足だった。こういった聴かせ所では、聴衆をノックダウンさせる力量がないと、楽曲全体として後味が物足りないものになってしまうからだ。それでも第4楽章アダージョの弦楽器チームは素晴らしく、「このまま夢が覚めないでほしい」と思ったくらいだ。「自分が死ぬ時はこのアダージョが流れるのだろうな」などとも妄想してしまった。

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2007.07.19

フランスとドイツのamazonの違い

最近はiTunes Storeを利用しているので、CDの購入量が減った。それでもクラシック音楽に限っては、どうもダウンロードしたものを聴く気にならないので、やはりCDを買ってしまう。ブリュッセルにもクラシックの品揃えの良い店は何軒もあるし、楽器博物館の近所には専門店もある。それらに通って購入もしているのだが、店頭で見つからないものはamazonで購入している。
ところがamazonはベルギーにサイトを開設していない。欧州である国は、英国、フランス、ドイツの3カ国である。どの国も同じEU内なので、ベルギーから購入するのに支障はないのだが、英国はユーロ決済できず、異常なポンド高でもあるので、普段はフランスのamazon.frとドイツのamazon.deを使っている。
当然、発注にはそれぞれフランス語とドイツ語で行わなければならないのだが、慣れてくるとクリックするボタンの意味ぐらいは理解できるようになり、今では在庫の有無を確認し、我ながら器用に両方を使い分けている。
面白いことに両方のamazonを使っているとその違いに気付く。
2pianoまず品揃いの違いが面白い。例えばロック・バンドならば、フランス語で歌っているのか、ドイツ語なのかでその違いがあるのは当然としても、クラシック音楽にも品揃えに違いがあるようなのだ。例えばわが最愛なるピアニスト、ホロヴィッツのCDを検索すると、フランス404枚、ドイツ407枚とほぼ同数であるのに、鬼才グールドを検索するとフランス239枚に対し、ドイツでは330枚もある。ところが数こそ劣るフランス側には珍盤が散見できる。そのグールドがメニューインと組んだバッハやベートーヴェンのバイオリン・ソナタや、ペライヤルプーが仲良くモーツァルトの2台のピアノのための協奏曲を演奏しているもの(写真)などがある。これらを見つけると迷わずクリックしてしまう。
また同じ商品でも値段と納品時期に、フランスとドイツで大きな違いがあることがある。これはそれぞれが別々に在庫を持っていることの証拠であろう。フランスとドイツならば共同の在庫管理は不可能ではないはずなのだが、あえて別々にしているところに「違い」という付加価値を生んでいるのかもしれない。
ステレオタイプな解釈かもしれないが、ドイツは国会図書館的な品揃えに注力しているのに対して、フランスはマニアックな趣味の店にしているように感じる。我々客としては、その両方を使い分けられるのが楽しい。まさに多様性を享受していることを実感する。

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2007.07.16

"The Second World War" by Winston Churchill

Ww25月から住み始めたアパートの部屋には、書斎がない。そのためフランクフルトから持ってきた書籍類が、未だに段ボール箱に入ったまま、部屋の隅に積まれている。
子供の頃には、本が増えて家が図書館のようになっていくことに憧れを持っていたが、最近は流石にその量が洒落にならないので、考えを改めるようになっている。
日本の両親の家には部屋が余っているので、その一室を書庫代わりに壁一面の本棚に蔵書を詰め込んでいる。2年前に極僅かな愛読書だけ数箱を持ってドイツにやってきたのだが、生憎(?)書斎と充分な蔵書スペースを得てしまったため、大判書籍や英文書籍を中心に急速に増えてしまった。
ところが今春、ここブリュッセルに引っ越した際、利便性優先で日本のマンション風のアパートに入居してしまったため、部屋数が減り書斎も失ってしまった次第だ。
それこそ何かの本で読んだのだが、一昔前のイスラムの偉い学者は、蔵書を全く持たずに、まるで放浪僧のように、着の身着のままで世界を旅したそうだ。その学者たちに言わせると、読んだ本は全て記憶しており、むしろ蔵書はその記憶の妨げになるらしい。全く格好イイ台詞だ。そう言えば大の読書家だったジャイアント馬場も本を読み終えると、未練もなくその場でゴミ箱に捨てていたと聞いたことがある。
ところが元来の貧乏性で、書籍はおろか、雑誌類も容易に捨てられないため、蔵書は増えるばかり。その上悪いことに、野暮用が増え読書時間は減る一方なのに、好奇心は益々旺盛で、購入量は歯止めがない。つまり未読の山が高くなるばかりなのだ。全く始末が悪い。
あぁ、こう書きながらも、チャーチルの「第2次世界大戦」全巻をamazonに発注してしまった。こんな大著、我ながらいつ読むのかと呆れる。
本当に必要なのは書斎なのではなく、読書時間なのだ。

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2007.07.13

恐怖の頭脳改革

ZunoukaikakuEmerson, Lake & Palmerが1973年に発表したアルバム"Brain Salad Surgery"につけられた邦題のことである。
とにかくこの邦題が素晴らしい。それにジャケットが良い。更に当然だが音楽も良い。
特に2曲目の"Toccata"は何度聞いても感心してしまう。この原曲はアルベルト・ヒナステラというアルゼンチンの作曲家によるピアノ協奏曲からの一節で、その編曲の出来映えにはヒナストラ自身も「悪魔的だ!」と絶賛している。音楽家にとってこれほどの賛辞はないだろう。
このヒナストラの音楽に関しても、なかなか興味深く論及すべきことが多いのだが、それに関しては先々考えを整理してからあらためて書きたい。
ちなみにバンドネオンのアストル・ピアソラは20代前半の頃に、このヒナストラに師事して音楽理論を学んでいる。つまりヒナストラは、タンゴの破壊者と呼ばれたピアソラを育て、プログレシブ・ロックと名盤「恐怖の頭脳改革」の生みの親ともなったと言えよう。

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