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2006.08.30

夏が終わる。

夏が終わる。
今朝のフランクフルトは涼しくて、10℃しかなかった。セーターを着てクルマに乗り込み、エンジンを始動したら、オートエアコンから温風が出た。路面電車を待つ通勤客の中には、オーバーコートを着た女性もいた。街路樹も心なしか色付いて見える。
この夏は何かと忙しく、あちこちに行った。
6月の終わりにハンブルク。7月に東京。8月はじめにパリ。そして昨日モスクワから帰ってきた。
結局バケーションは取れなかった。
できれば9月はのんびりしたい。
10月にはスウェーデンに行かなきゃならない。
以上全部仕事。遊びだったらいくらでもOKなのだが。
「疲れたよ、パトラッシュ」
ちょっとそんな気分。
ただそれだけ。

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2006.08.22

Joy Denalane "Born & Raised"

Joy大推薦盤!
ベルリン出身のアフリカ系ドイツ人による正統派ソウル音楽。本国アメリカでは失われつつある本物のソウルの香りがする。歌の巧さは当然として、シンプルな伴奏の上に、自然体の歌唱が乗り、無理のないグルーブ感に酔わされる。
ただのお洒落な音楽に終わらず、メッセージも含んでおり、聴き応えも充分。
全曲英語で歌われている。
彼女の経歴はWikipediaに譲る。

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2006.08.21

矢作俊彦著「悲劇週間」

Higeki20世紀初頭のメキシコを舞台とした恋と革命の長編小説。
主人公は、メキシコ公使の父親に呼ばれ、その地に就いた20歳の青年、堀口大學。そう、詩人であり翻訳家として後年高名を為す堀口大學である。
大學は偶然にも出逢った、コーヒー色の肌のメキシコ娘、フエセラ・ポラドーラ嬢に恋をする。フエセラはメキシコ大統領の姪。大學は自由奔放で魅惑的なフエセラに心奪われ、偶然の再会を求め、夜会に足を運び、街を徘徊もする。やがて親しく言葉を交わし、二人だけで逢うことも叶うが、フエセラの気持ちを推し量ることが出来ない。
その他の登場人物達の生き様も、この小説の大きな魅力である。
公使館の庭師、野中老人は戊申の際、幕軍として戦い敗れ、植民団としてメキシコに流れ着いた。開墾地では洪水、日照り、マラリヤと闘い、高給欲しさにアメリカの捕鯨船にも乗ったという苦労人。
フランス語の家庭教師、ドン・ルイス・ペレンナという老紳士は元フランス軍将校で、メキシコ遠征後、幕末幕府に砲術を指導し、その後普仏戦争にも従軍、パリ・コミューンにも加わっている。
そしてフランシスコ・マデロ大統領。前ディアス政権を革命で追い落としたにもかかわらず、殺生事を嫌い、学者のように知的で、普段は物静かな紳士である。小説クライマックスでは、軍部のクーデターを受けることになる。
大學の父もまた、1894年朝鮮での閔妃殺害事件に関与したという暗い過去を持ち、外交官としてだけでなく義侠心を持って、マデロ大統領の苦難に手を差しのべる。
明治が終わろうとするこの頃、日本はロシアに勝って世界に躍り出たとは言え、まだ19世紀から続く過去を引きずり、20世紀という全く新しい時代が見えないでいた。日本だけではなく、メキシコにとっても、欧州列強にしても、そしてアメリカにも。
この人類史の大きな転換期に、大學はこのメキシコで、詩作と恋だけに暮らすことは許されず、砲声と市街戦、多くの市民の犠牲を目の当たりにすることになる。
作者である矢作自身は、本作のマンガ化や宝塚歌劇化を望んでいると、インタビューで冗談(本気?)を飛ばしているが、いやいやご謙遜、ハリウッドが映画化しても良いほど面白い作品だった。ただ、脇役達が語る歴史観や世界観、人生観は、小説でこそ味わうことが出来るものだろう。

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2006.08.15

"The Happy Prince" by Oscar Wilde

Happyprince物心付いた頃だから、多分幼稚園に入る前、「東京こどもクラブ」というレコード付き絵本が毎月郵便で届いた。毎月1冊の12回配本で、いわゆる童話の読み聞かせレコード本だ。勿論自分の意志で購読したのではない。母の差し金だ。
12の童話の内、特に気に入っていたのは「わらしべ長者」と「でっかいとうもろこし」だ。どちらも面白可笑しいハッピーエンドのお話で、繰り返しそのレコード盤をターンテーブルにのせた記憶がある。
ところが今もって印象深いのは「幸福の王子」である。
当然その幼少の頃、「幸福の王子」の作者が、オスカー・ワイルドだとは知らなかったし、それはどうでも良いことだった。中学か高校の頃、オスカー・ワイルドの名前を知り、成人した後、新潮文庫版を買って再読したものだ。
昨週末、街の本屋の英書コーナーで、このペーパーバックを見つけて買ってきた。
その晩、ベッドの中でページをめくると、自分でも驚くほど不思議な気分に襲われた。
英語の原文で読むのは初めてだったのに、まるで何度も繰り返し読んだもののように、登場人物(王子の銅像とツバメ)の台詞が、リズミカルに口をついて出た。

冬を迎える街の広場で、銅像の王子が自らに装飾された宝石や金箔を、貧しい人達に分け与えるために、南へ旅する途中のツバメを引き留め、デリバリーを依頼する。当初はやむなく引き受けたツバメも、貧しい人達の喜び様と、王子の誠意に心打たれる。両目のサファイアを分け与えたために、盲目となった王子に代わり、ツバメは街の貧しい現状を報告し、来る日も来る日も王子の体の金箔を剥がし、貧しい人達に届ける。
やがて本格的な冬が訪れ、ツバメは王子に暇乞いをする。王子は今までの感謝と、南に飛び立つ祝福の言葉をツバメに与える。しかしツバメはもう何処へも行かない、命が尽きるのですと告げる。

何度も読み返したはずの童話なのに、胸に熱いものが迫った。

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