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2006.06.20

山下清著「ヨーロッパぶらりぶらり」

面白い!!!
ヨーロッパ旅行記の傑作だ。
テレビドラマ「裸の大将」は、どうも偽善的な作り物の臭いがして好きではなかったが、本著では人間本来の可笑しさや矛盾、駄目な部分が生々しく語られており、すっかり魅了されてしまった。特に飾り気のない文章が素晴らしかった。
出発前の外務省での面談から大笑いだ。行きの機内で年若いスチュワーデスをつかまえて「おばさん、おばさん」と呼びかけたり、見知らぬドイツ人に話しかけ日本語で返答され仰天したり、立ちションや裸になることを禁じられ弱ってしまったりと、普通の旅行記では絶対にあり得ない愉快なエピソードに溢れている。
ただこの旅行は放浪ではなく、引率者付きの団体旅行だった。お得意の放浪ならば、全く違う視点で、観光地ではないヨーロッパを見て歩いただろうと思うと少し残念だ。自身が「日本のゴッホ」と呼ばれたためか、興味もないゴッホの美術館や墓に連れて行かれ、スケッチさせられ不平をこぼしたりもしている。
ただゴッホの自画像を評して、貧乏でモデルを雇えなかったからだというのは卓見だし、自分でも自画像を描くと、没頭のあまり同じように怖い顔になってしまうというのには感心した。
まぁ読んでいるだけならば楽しいが、同行の引率者は大変だったろう。

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2006.06.16

John Williams "Memory of a Geisha"

Geisha原題は"Memory of a Geisha"、邦題は"SAYURI"、ここドイツでは"Die Geisha"。
昨年このハリウッド映画が劇場公開されたとき、町中に高さ3メートルほどもあるチャン・ツィイーの白塗り顔のポスターが貼り出された。あまりの異様さに観る意欲も失せたが、今春DVDが売り出され、買って観てみると、期待していなかった分、良かった。
"Last Samurai"もそうだったが、西洋人の立場で、「これは遙か遠い架空の島国の話だ」と思って観ると、ファンタジーな美しさを味わえる。
一言だけだが、チャン・ツィイーの「お姐さん」と呼びかける日本語の発音は完璧だった。全編英語劇の中で、一瞬の日本語に鳥肌が立った。外国人女優が発した日本語の台詞としては、映画史上最高の出来ではないだろうか。ルーシー・リューの「ヤッチマイナァ!」も未だ捨てがたいが。
また桃井かおりと工藤夕貴が好演だった。特に工藤の英語の巧みさにあらためて感心した。
音楽は、ジョン・ウィリアムが作曲し、チェロのヨーヨー・マや、バイオリンのイツァーク・パールマン等が演奏している。日本や中国のテイストが混じり合った不思議な音楽だが、郷愁を誘うサウンド・トラックだった。
日本での評判では、中国人が日本人を演じたことや、全編英語だった事による酷評もあったようだが、自分としては日本人が音楽を担当できなかったことの方が残念だ。ハンス・ツィンマーの"Last Samurai"にしても、本作にしても非常に良くできていただけに尚更悔しい。こういう映画でこそ新進の日本人作曲家が、作品を世界に発信して欲しい。いつまでも武満や坂本ばかりでは困る。

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2006.06.15

梅田望夫著「ウェブ進化論」

日本で話題の本なので取り寄せて読んだ。とても良い本だった。
今現在と近い将来のインターネット事情を把握し、社会への影響を考えさせられた。
非常に読みやすく、内容も面白くて興味深かったが、唯一タイトルが内容に適していない。

本著で提示されている考え方で、非常に興味深かったのは、
不特定多数無限大の情報や労力を、ほぼゼロに近いコストで集積したとき、価値が生まれるのか? 衆愚で終わるのか? という命題に対して、
「『全体』など全く意識せずに行う『個』のネット上での営みを上手く集積すれば、自動的に『秩序形成』という価値を創出できるのではないか」としてる点だ。
これについては手放しの楽観主義によるものではなく、誤りや失敗などのプロセスも認め、清濁併せ呑むことを前提としており、不特定多数無限大には自ら濁りを浄化する機能があるようにも書かれている。
この趣旨は魅力的だ。これを推し進めれば、インターネット投票による直接民主主義も実現できることになる。

これ以外にも、ロングテールやWeb 2.0など、ここドイツでは目にも耳にもしない言葉が紹介されており、勉強になった。ヨーロッパに比べ、アメリカと日本は進んでいると痛感した。
読むならば早めに読むことを勧める。書かれた事例は日に日に変化するので、数年後に読むと理解の妨げになるだろう。

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2006.06.10

村上龍×伊藤穣一「『個』を見つめるダイアローグ」

面白そうだったので、amazon.co.jpから取り寄せて読んだ。航空便で、約1週間で手元に届いた。便利なものだ。
日本についての対話本。8割共感出来て、1割異論を持ち、残り1割は判断不能だった。
日本人の一般的な感覚からすると、この2人の考え方は異質なものになるだろう。しかし、日本の外側で「外国人」とか「異文化」とかいう感覚が薄れ始めた今の自分にとっては、全く真っ当な考え方に感じた。ただ伊藤は多少急進的で、村上は少し穏健に感じた。
特に最終章で語り合われている「ヒューマニズムより、経済合理性」には、全く同感だ。二宮金次郎の功績を事例に挙げ、ヒューマニズムだけでなく、合理性があったからこそ、成果が残せたという見方には、説得力がある。「偉い人」というのは人徳があるばかりでなく、ちゃんと頭が良くなくてはいけないのだ。
知らなかったこともたくさん書かれていた。アルカイダが最も先進的な軍事組織である話や、日本でタクシー運転手が定年後ホームレスになる準備をしている話、1989年のサンフランシスコ大地震でホームレスが救援活動で活躍した話(彼らは社会インフラが崩壊しても生活できる技術を持っているのだ!)など。
ただこの本で同感できない部分もあった。伊藤は日本のオタク文化を肯定的に捉えていたが、自分としては村上同様少なからず懐疑的だ。オタク文化から陰湿さが取り払われ、開放的な陽気さが伴えば、世界に対して充分誇れるものになると思う。
読み終えて、村上の「半島を出よ」が読みたくなったし、キューバ革命とカストロ政権について調べたくなった。

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2006.06.08

富田修二著「さまよえるグーテンベルク聖書」

クルマで40分の隣町マインツにある、グーテンベルク博物館に行った。部屋全体が防火金庫となっている展示室に、目当ての「聖書」があった。それも2冊も。実際に目にした聖書は、予想よりも巨大で、期待以上に色鮮やかに美しかった。
1455年頃に160〜180部印刷されたこの聖書は、製本前の状態でワイン樽に詰められ欧州各地に送られ、受け取った顧客は好みに合わせて自前で製本した。そして本の形で現存しているのは世界でわずか48冊。そのうちの2冊が、このグーテンベルク博物館が保有し、また1冊は日本の丸善が競売で落札し、今は慶応大学が保有している。
この博物館では、聖書以外にも印刷の歴史や製本、製紙の技術まで紹介され、アジアの印刷史の展示もされていた。非常に充実した展示品にすっかり感心し、ミュージアム・ショップで売られていたこの本を買って帰ってきた。
著者は丸善の社員として、この「聖書」の競売に携わった人で、ビジネスマンと言うよりも、学者並みの博識に驚かされた。
この本では、この聖書が印刷され、現在の所有者の手に至るまでの様々な経緯が紹介されている。戦火を逃れるために大陸を往復したものもあれば、戦利品として略奪されたもの、古い教会から発見されたものなど、実に様々なストーリーが書かれている。

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