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2006.02.28

Ralph Vaughan Williams "The Lark Ascending" by Hilary Hahn

lark
千里鴬啼緑映紅
水村山郭酒旗風
南朝四百八十寺
多少樓台煙雨中

春の陽光の下、見渡す限り、大河は悠然と流れ、鶯の声が遙か遠くから聞こえる。
あたりを彩る新緑は、まるで燃え立つようだ。
水辺の村や山裾を渡る風が、酒屋の幟をバサバサと揺らしている。
南朝の面影を残す寺町に、時ならぬ春雨が走り、塔の林を煙の如く覆い隠す。
(以上、勝手な意訳)

春が近付くと、杜牧の「江南の春」を思い出す。
学校で習ったこの七言絶句が、春まだ遠いドイツでの暮らしに、一服の潤いを与えてくれる。フランクフルトは今日も小雪が舞っている。
晩唐の長江下流域の春を思い浮かべるとき、頭の中で聞こえてくるのが、レイフ・ヴォーン・ウィリアムズの作曲による管弦楽曲「揚げ雲雀」である。
ヴォーン・ウィリアムズは、20世紀前半に活動したイギリスの作曲家で、「惑星」で有名なホルストとは親友でもあった。クラシック音楽のスタイルがロマン派から大きく転換する中、彼の作風は機械文明に背を向けた、どこか遠い異国の悠久の時間を彷徨っているようだった。それ故にか、今も知名度は低い。
この「揚げ雲雀」も、バイオリンの独奏が、まさに「千里鶯啼いて緑紅に映ず」という起句にマッチしている。
演奏は、最近注目している若手のヒラリー・ハーンのものが素晴らしい。彼女の透明感ある演奏スタイルが、この楽曲の魅力を充分に引き出している。
彼女のサイトを見ると、演奏旅行中の遊びとして、「紙飛行機を折って飛ばすこと」とある。
彼女の紙飛行機が、雲雀となって空高くさえずり、それが時間を飛び越え、唐の長江で鶯となって啼く。そんな空想が楽しめる楽曲だ。

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2006.02.27

SuDoku

sudoku数字のパズル・ゲーム、「数独」である。
日本にいた頃は、全く存在を知らなかったのだが、こちらドイツの書店では、やたらと目に付く。何十種類もの本が平積みで売られ、専門月刊誌まである。
暇つぶしに1冊購入してチャレンジしてみたら、これがなかなか面白い。
いくつかの解法アルゴリズムを駆使して、数字を埋めていくのだが、なかなか簡単にはいかない。一見シンプルに見えて、奥が深い。長いときには1問解くのに1時間位、うんうん唸りながら挑んでいる。
最初は、「いち、にい、さん、しい、、、」と日本語で唸っていたが、最近はなぜか「アイン、ツヴァイ、、、」と唸っている。
それにしても「数字は独身に限る」とは、どういう意味なのだろう?
氷点下の週末、謝肉祭の喧噪をよそに、我が家の居間でSuDokuを解く。退屈しのぎには丁度良い。
数字は独逸に限る。

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2006.02.13

ジャン・デ・カール著「狂王ルートヴィヒ」

バイエルンの王様の話。
もし彼が中世に生きていれば、幸福な生涯を過ごせたのかもしれない。
しかし時代は19世紀後半。世界は近代化へと動き始めていた。主要都市間に鉄道が施設され始め、社会主義運動は非合法とされ、欧州の列強がその軍事力で世界の覇権を争う時代だ。バイエルンの北にはプロイセンが、ドイツ統一に向けて確実に力を付け、そのチャンスを窺っていた。
主人公ルートヴィヒ2世を狂人として片付ける歴史書は少なくない。確かに彼は、非常に内向的で空想癖が強く、同性愛者で、ワーグナーと無意味な築城に国庫を浪費した。しかし彼は馬鹿ではなかった。むしろ聡明だった。事実プロイセンの鉄血宰相ビスマルクは、彼を世評に反し「政務については明哲な君主であった」としている。
その通り、ルートヴィヒが下した数少ない政治的判断は、プロイセンとの全面戦争を避け、ドイツ帝国統一後もバイエルン王国を残した。最小限の損失で、国家を敗北へと導いた。事実、バイエルン国民には終生人気があった。
最期は、反プロイセン色の強い政府に精神異常として幽閉され、その精神科医と湖に散歩に出たまま、なぞの死を遂げている。自殺か、事故死か、もしくは他殺かは今も不明だ。
副題「夢の王国の黄昏」は、ルートヴィヒの生涯を言い表している。彼が残したのは、ノイシュヴァンシュタイン城に代表されるメルヘンの王国と、神々の黄昏のように壮大で華麗なワーグナーの歌劇だ。

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