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2005.02.20

山崎和彦著「IBM Design from Japan」

ibmdesign工業デザインの本は好きで、ついつい買い集めてしまう。画集を眺めているようで楽しい。これもその中の1冊。
今現在、プライベートで日常使用しているパーソナル・コンピュータは、AppleのiBookとIBMのThinkPad。iBookに関しては、10年以上のMacユーザーとして当然のことなのだが、ThinkPadに関しては、好きになれないOS搭載ながらも、ハードウエアとしての魅力に惹かれ購入した。ThinkPadの使い心地は、メルセデスに似ている。堅牢と安心感。不細工なOSすら忘れさせる箱だ。
1992年に、このThinkPadを創り出したのが、日本IBMのデザイン部門(現ユーザーエクスペリエンス・デザインセンター)。つまりデザインはMade in Japan。
それを想うと、ThinkPadには枯れた漆塗りの硯箱のような趣がある。虚飾を排した漆黒の筐体は、日本の伝統工芸品のようにさえ感じる。
このIBMがPC事業部門をLenovoに売り渡した。名機ThinkPadの美しさも消えていくのだろうか。

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2005.02.19

Funkadelic "Maggot Brain"

funka1曲目のアルバムタイトル曲"Maggot Brain"を初めて聞いた時、鳥肌が立った。ファンクでもなく、サイケとも言えない、ただただギターソロが続く、10分18秒のインストルメンタル。まるで漆黒の宇宙空間の中を泳いでいるような気分になる。当時弱冠19歳のギタリストEddie Hazelの名演だ。この1曲に限って言えば、Jim Hendrixを超えていると思う。
2曲目以降は、まさにファンク・ロックのエンジンが始動し、最後の9曲目"Wars of Armageddon"では9分42秒の音の嵐と、火山の大爆発音でアルバムが終わる。
とにかく1曲目が素晴らしすぎるので、2曲目以降のFunkadelic本来のスタイルには、逆に違和感が残る不思議なアルバムだ。しかしその違和感も不快に感じさせないところが、バンドの中心人物George Clintonの力量かも知れない。
ちなみにこの1971年のアルバムには、もう1人の名物男Bootsy Collinsは参加していない。Bootsyの加入は翌年のアルバム"America Eats Its Young"からになる。
それにしてもGeorge Clintonは凄いと感心したのは、一時期このFunkadelicと実質同一異名バンドParliamentを、異なるレコード会社から同時並行してリリースし続けたことだ。結局はP-Funkとして融合するわけだが、George Clinton抜きにファンク音楽の歴史を語ることは出来ない。
とにかく数多いGeorge Clinton作品のうち、この"Maggot Brain"はやっぱり凄い。

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2005.02.13

Jimmy Smith "House Party" & "The Sermon"

JS1JS2Jimmy Smithを偲んで、iPodに常駐している愛聴盤2枚を、あらためて聞いてみた。
Jimmy Smithには申し訳ないが、この2枚はジャムセッション・アルバムで、Jimmy Smithのリーダーアルバムとは言い難い。1957年8月25日と1958年2月25日の録音が、2枚に入り乱れて分納されている。姉妹アルバムではあるが、2枚で一つの作品であると思って良い。
全曲を通じて非常にリラックスしており、トランペット、トロンボーン、アルト・サックス、テナー・サックス、ギターと様々な楽器が次々とソロを聴かせる。そのためJimmy Smithのオルガン・ソロは少ないが、ベースがいないため、ドラムと一緒に全曲のリズム・セクションを担っている。
数多く登場する楽器の中でも、Lee Morganのトランペットが特に素晴らしく、ひときわキラキラと輝いている。それに負けじか、Jimmy Smithもソロを取ると、パチパチと火花を放つ早弾きを披露し、リラックスした中にも、ピリリと緊張感が走る。
そもそもジャズの面白さは、構成された予定調和ではなく、プレーヤー同士の煽り合いにあると思う。順番にソロを取り合う時も、楽曲全体の雰囲気を壊さない中で、如何に違った切り口の演奏をしてみせるかが醍醐味だ。そのスリリングな名人芸の応酬が、聞いていて一番楽しい。
この2枚は、そんなハード・バップ時代の幸福感を堪能できるアルバムだと思う。

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2005.02.06

三枝匡著「戦略プロフェッショナル」

36歳の主人公が子会社の常務に就いて、3年間で経営再建をしてしまう夢物語。
この種のフィクションは、実戦の参考にはならないと、普段は敬遠しているが、1991年の刊行以来版を重ね、今は文庫本化され、書店でも平積みされているほど、よく売れている本なので、気分転換に読んでみた。確かに読み手が楽しくなるストーリー仕立てと、各章末に「戦略ノート」として補足説明があり、啓蒙書としても興味を惹くように書かれている。
ストーリーはお気楽で、大した苦労もなくハッピーエンドに漕ぎ着いてしまう。それは競争力があるのに年間9台しか売れていなかった製品を、基本的なマーケティング技法を使ったことで、翌年100台以上売ってしまうのだ。つまり主人公は売るものもないところからスタートした訳ではなく、本来売れるべきものを売れるようにした訳だ。もうひとつ、競合他社が弱かったことも成功の原因になっている。ビジネスでの勝敗の決め手は、競争相手が自分より間抜けで怠け者であることが重要だと思う。自分より賢く勤勉な敵にはまず勝てない。
但し、本書を単なるフィクションと笑い飛ばす訳にもいかない。実際に自分自身仕事をしていて、ちょっとした工夫で、大きな成果が得られることがよくある。視点を変えて、新しいやり方で取り組んでみると、案外簡単に突破口が開ける。大事なのはその切っ掛けだ。うまくいかないのは何もしないからだ。少し考えて行動すれば、少しはマシになる。それの積み重ねこそ、強さだと思う。現実は地味なのだ。しかしこれを本にしても売れない。

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2005.02.05

Aimee Mann "Lost in Space"

aimee最近17歳のテニス・プレーヤー、マリア・シャラポアが人気だ。テニスの実力もさることながら、その美貌が人気の理由のようだ。スポーツ・ニュースでシャラポアを観ていて思い出したのが、Aimee Mann。
美貌のミュージシャンは珍しくもないが、彼女の場合は少し趣が違う。このアルバムのどこを探しても彼女の写真はない。音楽自体は、Carole KingやJoni Mitchellのような雰囲気。Aimee自身作曲し、いくつかの楽器も演奏する。まさにシンガー・ソング・ライターだ。楽曲は地味ではあるが、実直で深い味わいがある。
Aimeeは以前、その美貌からモデルもしていたようだが、自分の道を音楽に定め、アルバムジャケットに顔を見せることすらしなくなったようだ。アイドルのように画面狭しと歌ったり踊ったりは決してしない。
最近彼女のライブDVDを観たが、ライブハウスでアットホームでシンプルなパフォーマンスをしていて好感を持った。
次回作が楽しみなミュージシャンだ。
AimeeMann

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長部日出雄著「二十世紀を見抜いた男 - マックス・ヴェーバー物語」

社会科学者の評伝。時代に先駆け近代合理主義を論じた名著「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」に至るまでの、ヴェーバーの生涯が、物語風の読み物として書かれている。
物語の舞台となる19世紀から20世紀に至るドイツは、我々日本人には馴染みが薄い。著者はそれを考慮し、冒頭で森鴎外を登場させている。ヴェーバーは鴎外より二つ年下。軍医としてドイツに留学した鴎外を使って、当時のドイツの様子を書いている。
更にドイツ皇帝ヴィルヘルム一世や、宰相ビスマルクを書くために、憲法調査でドイツに長期滞在していた伊藤博文も登場する。
ヴェーバー自身には当然、鴎外や博文をはじめとする我々日本人との交流はない。しかし彼ら明治人とともに物語が進められると、当時のヨーロッパにおける新興大国ドイツが、グッと身近に迫ってくる。
ヴェーバーの著作については、多くは書かれていないが、数年間精神の病に苦しみ、睡眠も満足にとれず、人と接することも、読書すらも出来なくなってしまったヴェーバーの姿は、彼の思想以上に強烈な印象を残した。そして何よりもこの病の後に、歴史に残る労作「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」をまとめ上げたのだ。

考えるに、
我々人類のほとんどは、身近な小さな世界の中でその短い生涯を終えていた。ところが18世紀、啓蒙思想や産業革命によって、突然世界が拡大し、時間や利害という概念が、人生や暮らしを支配するようになった。その結果、19世紀には近代兵器による大規模な国家間の総力戦争が起こり、人類一人一人にも心の病が広がった。ヴェーバーはその被害者の一人でもあったではなかろうか。
ヴェーバーの病を読んで思い出されたのが、敬愛する作曲家ラフマニノフである。革命前のロシアに生まれ育ったラフマニノフも、20世紀を目前にして心の病に苦しむ。そして病から立ち直り世に生み出したのが「ピアノ協奏曲第2番」である。
21世紀の現代においても、科学技術は発展し、社会構造は益々複雑化している。地球上からは貧困や憎悪による殺し合いは消えず、更に自然環境までをも破壊し、新種の病が次々と現れている。見渡せば、リストラに脅え、満員電車に揺られ、住宅ローンを抱え、カルテに書き込まれない悩みや不安を誰もが背負って暮らしている。
マックス・ヴェーバーの不安は、100年後の今も尚、解決されていない。

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