« August 2004 | Main | October 2004 »

2004.09.26

文藝春秋9月臨時増刊号「和の心 日本の美」

この中で、丸谷才一、三浦雅士、鹿島茂の三氏が、日本美100を選び鼎談している。文学、芸術、建築、映画、音楽と非常に多岐に渡っており、実に楽しい。
1位はやはり「源氏物語」。同点2位が「平家物語」、「奥の細道」、「仮名手本忠臣蔵」と無難に続く。
成る程と膝を叩いて同感したのは、46位「十和田湖の紅葉」、63位「幕末太陽伝」、89位「高橋是清自伝」などである。
ランキングを眺め、少し残念だったのが、音楽の少なさ。「小学唱歌」、「滝廉太郎の『花』」、「武満徹の『ノヴェンバー・ステップス』」の3つしか入選していない。選考基準が「千年後の日本人に残したい日本美」なので止むを得ないのかもしれないが、それだけ日本と音楽は「美」で結ばれていないのかもしれない。
ともあれ「日本の美」は、大いに世界に胸を張れると感じなおした。せっかく日本に生まれ住んだのだから、もっと日本の美しさを堪能したいものだ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.09.25

Weather Report "YOUNG AND FINE LIVE!"

youngfine.jpg1978年9月29日のライブDVD。
画質&音質共に最悪! 観始めて数分で、映像には目もやらず、BGMとなっていた。
但しメンバーは絶頂期で、Peter Erskineのドラムも冴え、Jacoも健康その物。しばらく聴き流していたが、JacoのBassソロでは流石に映像に釘付け。後半の"Teen Town"や"Birdland"、"Boogie Woogie Waltz"ともなると、すっかり機嫌回復。
Jaco好きには薦められるDVDだが、Jaco初心者は避けた方がよいと思う。きっとガッカリする。それほど映像と音声が悪い。
動くJacoが観たければ、Joni Mitchellの"SHADOWS AND LIGHT"という1979年9月10日のライブDVDを薦める。これにはJacoに加えPat Metheny、Micheal Brecker等がバックを務めている。
それにしても、このタイトル"YOUNG AND FINE〜"は、ひどいよね。

| | Comments (5) | TrackBack (1)

smoothjazz.com

smoothjazz.gif

普段はDVDプレーヤーをオーディオアンプにつないでCDを聴いているのだが、このDVDプレーヤーの具合が悪く、DVDは問題なく観られるのに、CDをセットするとディスクを認識しない。このポンコツ野郎と思って買い換えを検討したが、何せかなり高価なDVDプレーヤーだったので、止むを得ず違う方法で音楽を聴いている。
外出時はiPodを持ち歩いているので不自由はないが、家ではiBookのiTunesで聴いている。それもBGM代わりにインターネット・ラジオを流しっ放しのことが多い。我が家には下り26MbpsのADSLを引いているので、高ビットレートのストリーミングも問題なく聴ける。

数多いインターネット・ラジオ局の内でも、最もよく聴いているのがsmoothjazz.comだ。その名の通り、所謂軽快なフュージョン音楽を北カリフォルニアのモントレー・ペニンシュラから流している。モントレーと言えば、あのジャズフェスの聖地だ。
とにかくリラックスしたいときには最適な局だ。
時折耳馴染みのない良い曲が流れると、アーティストと曲名をチェックする。それを元に購入したCDも少なくない。

今はiBookの内蔵ステレオ・スピーカーで我慢しているが、この際AirMac ExpressAirTunes化して、既存のオーディオ装置に音を飛ばしてしまおうかとも思っている。それならばついでに、iMac G5を購入してジュークボックスにしてしまおうかと際限がなくなってくる。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.09.20

鈴木五郎著「撃墜王列伝」

マンフレート・フォン・リヒトホーヘンは、1892年5月2日にプロシア貴族の家に生まれる。陸軍少佐の父のもとから幼年学校に進み、1914年の第一次世界大戦開戦と同時に22歳で騎兵少尉として出征した。しかしそれは最前線ではなく兵站部だった。不満を抱いたリヒトホーヘンは、当時騎兵の一科であった飛行隊への配転を希望し飛行学校への入学を果たした。しかしそこでも希望の操縦将校ではなく、偵察将校の教育を課せられた。1ヶ月の偵察教育の後、東部戦線の偵察部隊に配属されたが、ここでも膠着状態が続き、西部戦線への配転を願い出る。そして遂に希望が叶い、当時まだ秘密部隊であったドイツ軍最初の爆撃部隊に配属され、双発爆撃機に射手として搭乗を果たす。
やがて新鋭戦闘機アルバトロスDIIによる駆逐中隊に加えられ、戦闘機乗りとしてのキャリアを歩み出す。当時の機体はいずれもプロペラ複葉機で、エンジンは200馬力程度、スピードも時速200キロメートル以下である。それでも空中での航空機同志の戦闘は、人類が初めて経験する三次元運動による格闘であった。そんな空中戦黎明期に、リヒトホーヘンは自身の空戦技を身に付け、次々にイギリス機を撃墜し勲章を受けていった。
やがてリヒトホーヘンは愛機アルバトロスDIIIを真紅に塗装するようになった。敵国パイロット達からは「赤い騎士」、「赤鬼」、「赤い男爵(レッドバロン)」と恐れられるようになる。
撃墜スコアが50機を超えた頃から、リヒトホーヘンは国民的英雄となり、皇帝ウィルヘルム二世からも招かれる身になった。地上に降りたリヒトホーヘンは、友人も少なく、酒や煙草もたしなむ程度、最大の楽しみは愛犬と遊ぶことだった。
しかしドイツの敗色は深まる一方で、リヒトホーヘンは戦勢挽回の新鋭の三葉機フォッカーDrIを赤く塗り、イギリス機目指して飛び立つが、1918年4月21日、25歳の撃墜王は80機の撃墜記録を残し、再び愛犬のもとに帰ることはなかった。

本著にはこのリヒトホーヘンを筆頭に、二つの世界大戦下の撃墜王20人の評伝が収められている。
著者によれば、「撃墜王となり名編隊長ともなると、彼を敬慕する列機によって助太刀を受けるか、監視してもらえる立場となって、安全性も増しスコアもますます重ねられていく。」、「つまり撃墜王のかげには、何人かのアシスタントが寄り添っていたということになる。」
更に著者は次のような示唆に富む一文を書いている。
「要するに戦隊長以下各中隊長、搭乗員、整備員の間には団結(Teamwork)、そして絶えざる錬磨(Training)、彼らの戦線に投入された時期と場所(Timing)といった3Tが考えられよう。撃墜王が生まれる背景には、このようないろいろな要素がからんでいるのであり、ただ自らを修練すればいつでもなれるというものではない。孤高の剣豪とはいささか異なるゆえんである。」

それにつけても、機体を赤く塗るのはリヒトホーヘンの後、ポルコ・ロッソとシャア・アズナブルに引き継がれることになるのだが、共通して彼らの操縦技術には美しささえ感じられるのだから不思議だ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.09.19

Schumann "Piano Concerto"

先月ウルトラセブンのDVDボックスを衝動買いして、週末は夜ごとに観続けてきた。それが今夜遂に最終話「史上最大の侵略(後編)」で幕を閉じた。
セブンは度重なる戦闘の末、過労による衰弱でM78星雲に帰還しなければ生命の保障がないと上司に告げられる。意識朦朧の上、双頭怪獣パンドンとの格闘で重傷を負ったダンに、アンヌはレントゲンを撮ろうとする。ダンは宇宙人である正体を知られるのを避け、地球防衛軍基地を飛び出し、偶然に通りがかった少年に匿われる。その間にゴース星人は地底ミサイルで世界の主要都市を廃墟と化し、次に東京をターゲットにすると降伏勧告をしてきた。ウルトラ警備隊は必死の捜索でゴース星人の秘密地下基地を突き止めるが、人質となったアマギ隊員を救出する時間的余裕がなく、爆弾を搭載した遠隔操作のマグマライザーでの攻撃に踏み切る。それを知ったダンは生命の危険を押して闇夜に飛び出し、ウルトラアイに手をかける。
その時、少年にダンの居場所を知らされたアンヌがポインターで駆けつける。これが最後の闘いになると悟ったダンは、アンヌに自分がセブンであることを告白する。
そのシリーズ最高のクライマックスとも言えるシーンで、この協奏曲の冒頭のカデンツァが流れる。
衝撃の告白にアンヌは一瞬たじろぐが、ダンに対する思いに変わりはなく、その真実を笑顔で受け入れる。しかしダンは引き留めるアンヌを振り切り最後の闘いに挑む。
感動。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« August 2004 | Main | October 2004 »