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2004.03.28

岩井克人著「会社はこれからどうなるのか」

タイトルは軽いが、なかなかの名著で、小林秀雄賞を受賞している。著者は東京大学経済学部長。
前半では、会社、企業、法人について、丁寧に解き明かしている。その上で、会社は株主のものであるというアメリカ型の株主主権論を否定している。
株主とは株式の所有者である。株式とは会社に対して持つ権利のこと。その権利には、総会議決権、利益配当請求権、残余財産請求権などがある。つまり株主はこれらの権利の所有者に過ぎない。会社資産の所有者は、法人である会社であって、株主ではない。
本書後半では資本主義についても明瞭に説いている。
「資本主義とは、利潤を永続的に追求していく経済活動」であり、時代と共に商業資本主義、産業資本主義、そしてポスト産業資本主義へと変遷を経ているが、「利潤は差異性からしか生まれない」ことは一貫している。
商業資本主義では、ある地点で安いモノを別の地点で高く売るという、市場間での価格の差異から利潤を生み出している。産業資本主義では、産業革命で上昇した労働生産性と、農村の産業予備軍によって抑えられた実質賃金率との差異から利潤を生み出している。
「ポスト産業資本主義とは、差異性を意識的に創り出すことによって利潤を生み出していく資本主義の形態」としており、ここでの利潤創出方法の究極は「情報の商品化」であると説いている。情報とは差異性そのものであり、同一の情報には情報価値がない。「情報の商品化」とは「差異性の商品化」と言い換えられる。
このポスト産業資本主義では、カネで買える有形資産よりも、ヒトの自由意思に支配される知識資産の方が、重きを為すようになる。つまりカネの重要性が下がる。従って出資者でもある株主の役割も下がる。株主は知識資産を支配することは出来ない。株主主権論はここでも否定されている。
「企業組織とは、それに参加する経営者の企画力や技術者の開発力や労働者のノウハウといった、組織特殊的な人的資産のネットワークにほかならない」と結んでいる。
要約すると上述のように概念的になって不明瞭だが、本書ではたっぷりと紙幅を取って、中学校の社会科教諭のように丁寧に具体例を挙げて語り説いており、とても好感を持った。
また著者の真摯な態度が次に一文に現れ、非常に感銘を受けた。
「経済学という学問がほかの社会科学よりも優越しているところがあるとしたら、それは、経済学が合理性の論理を徹底的に推し進めることによって、みずからの学問としての限界を明らかにすることができるということにある」

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